2013年9月12日 vol.75
月に魅せられた日本人
すすきに満月は、昔から日本人の心をひきつけてやみません。
今年も中秋の名月の時期になりました。今年は、9月19日。東から月が昇ってくるのは、東京で17時22分頃。日の入りが、17時43分頃になりますから、日没直後には、まん丸の十五夜お月様の姿が現れます。今年はちょうど中秋の名月の日が満月にもあたります。(満月でないことがありますが、その理由については、この連載の第十回「vol.10/中秋の名月を楽しもう」を参照してください。)すすきにお団子のお供え物をして、お月様にお祈りするご家庭もあるのではないでしょうか。
日本は、中秋の名月をはじめとして、月を眺める文化が根付いていました。中秋の名月そのものは中国由来でしたが、その一ヶ月後の十三夜の月を眺める風習は日本独自のものですし、江戸時代にはさらに二十三夜や二十六夜の月の出を待つ風習もありました。また、「竹取物語」に代表されるように、多くの文学にも記され、信仰や風流の対象とされてきました。身の回りにも、月を模したお菓子や、食品類も多々あります。
極めつけは、日本には月の別名がとても多いことでしょう。なにしろ、月齢ごとに別名があるのです。三日月はさすがに英語でも Crescent(フランス語では Croissant:クロワッサン)と名前がありますが、満月前後の月の月齢に細かく名前があるというようなことは欧米ではありません。それどころか、狼男に代表されるように、もともと満月にあまりいいイメージはもっていないようです。英語で lunaticと言えば「気がふれている」という意味になります。このようなニュアンスの呼び名は、日本ではあまり見かけません。
十五夜前後で言えば、十五夜への期待をふくらませる前夜の月を「小望月」といいますし、悪天候で十五夜が見えないときでさえ、「雨月」とか「無月」と呼んでいます。見えなくても名前を付けてしまうのは他にはないでしょう。十五夜の翌日の十六夜は「いざよい」と読んで、います。これは「いざよう」、つまり古語でためらうという意味です。月齢が進めば進むほど月の出の時刻は遅くなるので、十六夜の月は十五夜に比べて、小一時間ほど遅く昇ってきます。その遅い月の出の様子が、月を待っている貴族たちには、まるでためらいながら昇ってくるように思えたのでしょう。さらに翌日の十七夜の月を立待月、十八夜は居待月、十九夜は寝待月、あるいは臥待月といいます。それぞれ、月の出を待つ平安貴族たちの様子を表したもので、十七夜くらいなら、立っていても待っていられるのですが、十八夜だと月見台に座って、十九夜だと寝ころんで待っていたのでしょうか。ちなみに、二十夜は更待月と呼んでいます。夜が更けるのを待って上がる月という意味です。それにしても、昔の人が、いかにお月見が好きで、月の出を待ちこがれていたかがわかる名前だとは思いませんか?
これ以外にも、田毎の月とか、朧月とか、寒月とか、水月、湖月など、それだけで本ができるほど、たくさんの名前があります。伊集院静さんの直木賞受賞作である『受け月』などが代表ですが、新しい名前も生み出され続けています。
こうしたことを考えると、日本はつくづく月を愛でてきた文化を持つのだ、としみじみと感じます。皆さんも、ぜひわれわれの先人たちが眺め、愛でてきた月を、中秋の名月を契機にして、じっくりと見上げてみてください。