2014年2月18日 vol.80
冬空に輝く巨大な十字架
夕方、暗くなると夜空の真上に堂々と輝く明るい星に気づくだろう。冬の星座に移動した木星である。そのマイナス2.5等の輝きは、他の恒星と異なり、あまり瞬かずにどっしりとしている。惑星は望遠鏡で拡大すると有限の大きさが見える面光源なので、点光源の恒星に比べると大気の揺らぎの影響を受けにくい。そのために堂々と落ち着いた輝きに見えるのである。
筆者が、この木星の見方が変わったのは1月の深夜のことであった。勤務先の国立天文台から帰宅しようと、天文台前でバスを待っていたとき、木星はずいぶんと天頂近くに見えていた。三鷹とはいえ、東京の光害がひどく、三等星がぎりぎり見えるかどうかという寂しい夜空なのだが、冬の時期の明るい一等星は、ここぞとばかり自己主張している。バス停からは道路に沿って南から北東の夜空の視界が開けているが、ふと冬の大三角はどこか、と探してみると、すでにオリオン座が南中を過ぎていて、天文台の木立に隠れつつあるところではあったが、その左上に一等星ベテルギウスが赤色に輝いているのが見えた。そのやや東側の空の低いところにはシリウスが道路の街灯に負けじと、ぎらぎら輝いている。ここまでくれば大三角を探すのは容易だ。ちょうど正三角形の頂点になる部分に目を向けると、シリウスよりも控えめに、こいぬ座の一等星プロキオンが輝いていた。
と、そのときである。天頂付近の木星が再び目に入った。ちょっとしたお遊びで、木星と冬の大三角とを結んでみた。お、これは巨大な菱形だな、と思ったのだが、これは隣同士の星を順に結んだ場合だ。では、と思って東西、南北の星をそれぞれ結んでみる。と、なんと驚くべきことに巨大な十字架になったではないか。
木星と冬の大三角を結ぶと巨大な十字架が出現(2014年2月、東京) ステラナビゲータ/アストロアーツで作成しました。
この"発見"には少し嬉しくなった。南十字星と同じように、木星とシリウスを結ぶ線を地平線へと延ばすと、正確には真南ではないものの、なんとなく南を指している。その上、十字架のように、ベテルギウスとプロキオンを結ぶ横の線が、木星とシリウスを結ぶ縦の線を、やや上方で横切っているところも、南十字星そっくりである。冬空に輝く巨大な南十字。なんだか自分がとても素敵なものを見つけたような嬉しさがこみ上げてきた。
木星は、しばらくは現在のふたご座の位置にいて、ゆっくりと逆行中である。3月には順行に転じて、4月以降は東向きに移動するスピードを上げていくので、3月末頃までが、この巨大な南十字を見るチャンスである。来年の冬になれば、木星はふたご座を離れて、春の星座に移動するので、木星での巨大な南十字形は今年限りである。
ただ、他の惑星も、ふたご座付近で輝く時はある。そう思って調べてみると、意外に多くはない。火星がこの時期にふたご座に輝くのは2025年3月。だが、いささか北寄りなので、やや背伸びした十字架になる。木星は12年後の2026年3月にふたたび、ふたご座にやってくるので、ほぼ同じ巨大十字架が現れる。その8年後の2034年3月には、土星がほぼ同じ位置にやってくる。水星や金星も、この位置に来ることはあるが、内惑星だと夕方か明け方になってしまうために、冬の大三角の一部が地平線に隠れて見えない可能性が大きい。こうして考えると、この冬空のもとで、真南に屹立する巨大十字架は、それほど頻繁に見られないことがわかる。その意味で、いまのうちに見ておく価値はあるだろう。