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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

極限生活1000日のプロ語る
「日本人は火星飛行に向いている」

米国ユタ州の模擬火星基地MDRS(Mars Desert Research Station)で火星生活実験中、船外活動に出るCrew191「チームアジア」のメンバーたち。(提供:The Mars Society / NPO法人日本火星協会)

今年7月末、火星が地球に大接近する。あの赤い惑星に人類はいつか行けるのか。行けるとしたらどんな人?火星は往復で3~4年かかる。火星ミッションに選ばれるのは「精神的にも肉体的にもタフで、頭脳明晰なスーパーマンのような人だろう」と想像しがちだ。ところが「日本人が火星飛行に向いている」と言うのが、村上祐資さん。南極越冬隊や北極、エヴェレストベースキャンプ、JAXAの閉鎖実験など、極限環境での滞在が合計1000日を超える「極限生活のプロ」である。その極限プロ曰く「日本人の曖昧さがいい」と。え、曖昧さがいいって、どういうこと?

村上さんの火星生活シミュレーション実験については、本コラムで何度か紹介してきた。2016年には米国ユタ州にある模擬火星基地(MDRS)で国際チーム7人の副隊長として80日間の滞在を支えた(欄外リンク参照)。数々の極限生活で、人間関係が崩れ破たんする過程、逆に危機から立て直す過程を見てきて導いた仮説が「日本人が火星に向いているのではないか」。

「逃げ場のない約4年間もの火星ミッションを、スーパーマンの力だけで乗り切るのは限界がある。例えば、リーダーが強い言葉で指令を出して引っ張り、ルールでがんじがらめにすれば、徐々にメンバーが疲弊していく。むしろ日本人の曖昧さや、南極越冬隊のリーダーのように後ろから支えるやり方がよいのでは。曖昧だからこそ問題をみんなで考えられる」と。

そんな村上さんが「火星で日本人を再発見する」をテーマに、初のコマンダー(隊長)としてCrew191「チームアジア」(日本人6人とインドネシア人1人)を率い、2週間の火星シミュレーション実験に挑戦した。場所は再び、米国ユタ州の模擬火星基地MDRSだ。

7人のメンバーが2週間滞在する基地は直径8mの円筒形。(提供:The Mars Society / NPO法人日本火星協会)

実験は2018年3月24日から4月8日の約2週間。たった2週間と思うかもしれない。しかし村上さん曰く「(過去の極限生活で)なかったほど様々な問題が起きたが、乗り越えることができた。米国火星協会のMDRSディレクターから『過去十数年間191チーム中、一番本気で火星ミッションを実施し、見本になるチームだった』と最高評価を受けた。このチームなら4年間の火星ミッションを乗り切れると思う」という。何があったのか、そしてチームアジアのどこが評価されたのか。

水が汚染されている!ミッション中盤に発覚した事態

火星生活シミュレーションでは4つのタンクに飲料水や生活用水を貯めていたが、すべてのタンクが汚染されていた。(提供:The Mars Society / NPO法人日本火星協会)

最も大きなトラブルが発覚したのは滞在8日目、実験がちょうど中盤に差し掛かった頃だった。水が汚れていることが発覚したのだ。火星生活シミュレーションでは、実際の火星生活を模擬し、水はタンクに貯蔵されたものを使う。二つのタンクに白い油のようなものが浮いており、移し替えることですべてのタンクが汚染されていると考えられた。

トイレや3日に一回のシャワーに使うには問題ないが、飲料水には使えない。「残りの日数をどうやって生きていけばいいのか」、チームで議論が始まった。地球(=サポートチーム)から水の補給が来ることになったものの、その水を綺麗な状態で貯めるタンクがない。タンクはすべて基地の外に置かれていて、清掃するには宇宙服を着ないといけないし、宇宙服を着た状態では完全に清掃することは不可能だった。

「本当の火星ミッションだったら、水が多少汚染されていても飲むしかない。だから私たちは汚染された水を飲んでも火星シミュレーション実験を続けたい」とほとんどのメンバーの意見は一致した。「その状況で『NO』と言えるのが隊長の僕と、健康・安全担当リーダーの森澤文衛さんでした。森澤さんは第50次南極越冬隊を共に過ごした仲間。僕も森澤さんも汚染された水を飲めるタイプの人間です。でも森澤さんは『水が安全だと言えるまで飲ませるわけにはいかない』と言い切った」(村上さん)。

メンバーたちは夜中の3時まで議論を重ねた。(提供:The Mars Society / NPO法人日本火星協会)

夜中の3時まで議論した結果、村上さんが隊長として出した結論は「水を飲んでも実験を続けたいという意見は理解できる。だが水を飲むなら実験は中止する」だった。リスクを冒す必要はないし、隊長の役割はクルー全員を健康に家族の元に戻すことだから、というのがその理由だ。

しかし、判断が明確に示されたことでチームは本当にほかに打つべき手がないか、真剣に探し始めた。その結果、使われていなかったガレージにタンクが入ることを見つけ出し、タンクの清掃を行うことで実験を継続できたのである!

基地内の今まで使われていなかったガレージで、宇宙服を脱いでタンク清掃作業を実施。(提供:The Mars Society / NPO法人日本火星協会)

MDRSディレクターから評価されたのは、安全を守る姿勢と問題解決のプロセスだけではなかった。絶妙だったのは「ペース」だ。「水汚染という危機的課題があると、通常は、その問題解決のためにタイトなスケジュールを組んでいく。その結果、みんな疲れ果てていきます。しかし、僕らはトラブルシュートをやりつつ、個別に昼寝などの休みをとって、『しっかり食べてしっかり寝る』という無理のないペースを組み立てた」(村上さん)

日本人の「どこが」火星に向いているのか?

このほか電力源となるソーラーパネルの異常数値など様々なトラブルが起こりつつも柔軟に解決。火星シミュレーション実験を無事に終えてクルーを家族のもとに元気に帰し、村上さんは隊長としての役割を果たした。帰国翌日の4月11日に行われた記者会見で、村上さんに改めて「日本人が火星ミッションに向いているか」を聞いた。

火星生活シミュレーションを終え帰国翌日に都内で開かれた記者会見で語る村上祐資さん。

「火星ミッションに日本人が向いているという想いをより強く持ちました。それはリソースを生かし切る能力に尽きる。水も、人という資源も。日本人含めアジア人は異なる能力を持つ人たちの力を使い切って、決して評価をしない。過去の(火星模擬)ミッションでは、ちょっとダメな部分があると『この人はだめだ』と評価してレッテルを貼る。そして次は(違うタイプの)こういう人を入れようという議論になりがちだが、そうじゃない」。

実はCrew191の隊長を引き受けた後、メンバーの人選に村上さんは心を配った。そして「従来の火星ミッションでは選ばれない人」にもあえて参加してもらった。例えば副隊長を務めたデザイナーやNHKの報道カメラマンだ。結果的に参加者はインドネシア人のアーティスト、学生、デザイナー、ジャーナリスト、大学の技術専門員、南極越冬隊経験者とバラエティ豊かで年齢は10代から50代と幅広かった。

副隊長として参加したデザイナーの月城美穂さん。月城さんを抜擢したのは「宇宙に関心がありながら、無関心事にもセンスを持っているから」と村上さん。無関心に放った言葉や行動が人を傷つけ、極限生活を破たんさせる鍵になりうる。無関心事に注意をはらえるのは大事という。(提供:The Mars Society / NPO法人日本火星協会)
グリーンハブでとれた野菜を食事に。(提供:The Mars Society / NPO法人日本火星協会)

そして隊長として村上さんは「絶対に誰も捨てない。拾っていくことで人間らしいチームができる」と心に決めた。事前に石垣島の海底で2日間の訓練を行い、危険な場所での恐れ方の個性を把握した上で、チームを引っ張るのではなく、足並みをそろえることに注力した。

経験や目的、文化が異なるメンバーたち。最年少の19歳の学生は準備不足もあり予定していた植物実験がほとんどできなかった。そんな若者に対し、ほかのメンバーが過去の苦労や経験を熱く語った。またインドネシア人アーティストがいて公用語は英語になったが、英語が堪能でないメンバーもいた。しかしこうした経験や言葉のずれがあったからこそ、近づこうという思いが顕著に現れたという。

クルージャーナリストの河村信さんは4月6日のレポートでこう記している。「アジア人は、細かな部分に気付き、こだわり、突き詰め、そして解決します。その一方で、相手への相互理解などでは、寛容さも持ち合わせます。『みんな違ってみんないい』という言葉に代表されるように。仲間への気遣いや手助けにおいては多様性を認め合いながらチームを作ることが出来ます。気が付けば、Crew191は自然に、それぞれの役割を持ったチームになっていました」と。

Crew191「チームアジア」のメンバーたち。火星でのPM2.5などの大気観測、緑が閉鎖環境の生活に与える影響、科学とアートなどミッションを行う3人と主に設営を担当する4人。(提供:NPO法人日本火星協会)

南極越冬隊の隊長をお手本に

村上さん自身も隊長として一つの理想像を持っていた。それは第50次南極越冬隊の門倉昭隊長だ。「越冬隊でも様々なタイプの隊長がいますが、門倉隊長は常にしんがりにいた。当時、越冬隊の中で一番若かった僕を前線に出し、経験者を控えさせ、さらにその後ろに隊長がいた。いつも見てくれていて、指示は絶対に出さない。その微妙な匙加減を見習いたいと思いました」。

門倉隊長の流儀を実践できたか聞くと、「門倉隊長が後ろから支えるように、僕も火星実験中の船外活動になるべく出ず、基地にいた。そのために前半で僕の代わりに船外活動ができる人を育てました。50代の方からも10代の若者からも『ついていきたい人』と言ってもらいました。自分ではなかなか言いにくいですけど」と照れ笑い。

「日本人の曖昧さがいい」、「言葉で指示しすぎない」。宇宙飛行士訓練を取材してきた私には、正直意外な言葉が多かった。宇宙飛行士訓練ではすべて言葉にし、曖昧さを残さないコミュニケーションを徹底的に訓練するからだ。だが、毛利衛宇宙飛行士から「欧米人中心の宇宙飛行で、文化が異なるアジア人がいることでチームワークがよくなった実感があった」と聞いたことがある。また、JAXAの元有人宇宙部門マネジメントも「逃げ場のない火星ミッションでは、歴史的に多様な文化を受け入れてきた日本人の『八百万の神』的な考え方がうまくいくのでは。物事は白か黒かという西欧的な一つの物差しでなく、灰色も黒みがかった白もあり、どれも正しい」。一つの物差しを貫けば破たんする恐れもある。一方、曖昧さとは、多様なものの見方や受容の精神に通じる。

もちろん何もかも曖昧でいいということではなく、水の汚染問題を解決した時のように、特に安全に関しては歯止めとなる基準を持っていることが大切だ。しっかりした安全基準をもちつつ、状況に応じた柔軟な判断ができること。火星ミッションでアジア人が活躍できることをCrew191は見せてくれたと言えるだろう。

今、世界中で模擬火星実験が大流行だ。アメリカ、ロシア、イスラエル、オマーンなど世界の十数か所で実験が行われ、中国も模擬火星基地を作ると発表した。村上さんは千葉県船橋市に係留中のSHIRASE5002(三代目南極観測船しらせ)で、模擬火星実験ができると考えている。「船外活動を壮大なスケールでやろうと思うと砂漠でしかできないが、僕たちの前の190回の模擬実験ではほとんど火星生活にはならなかった。その意味では『どう過ごすか』が大事。やり方次第ではもっと深いことも含めて日本でできるのではないか」。

村上さんはSHIRASE5002を使った火星シミュレーション実験を、来年3月に実施することを目標に掲げる。南極観測船で火星模擬実験とは「極限×極限」で面白そうではないか!

千葉県船橋市に係留中のSHIRASE5002。ここで模擬火星実験が行われるかもしれない。
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