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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

アリゾナで閉鎖実験、無重力フライト
—京都大学「有人宇宙学」が凄い!

2018年9月に花山天文台で実施された第2回有人宇宙学実習グループ写真。(提供:京都大学)

大学生の頃にこんな授業や実習があったら人生変わっていたかも・・と羨ましくてしょうがないのが、京都大学の有人宇宙教育プログラム。実習ではパラボリックフライトで無重力飛行を行ったり、花山天文台で6日間キャンプ生活をしながら宇宙ミッションを模擬したり。さらに今年8月には、アリゾナ州にある実験施設「バイオスフィア2」でアリゾナ大学と京大の学生が閉鎖実験を行う定。これらは世界で京都大学だけの「有人宇宙学」の教育活動の一環。京大特定教授である土井隆雄宇宙飛行士が立ち上げ、精力的に展開、推進している。

「僕が大学時代あったらいいなと思うものを今、作っているんですよ」と土井さん。例えば京都大学理学研究科附属花山天文台で行われる5泊6日の有人宇宙学実習は、特にユニークだ。学部生中心に12名が参加。山中にテントを張って生活し、夕食は自炊。スマホの持ち込み禁止。半ばサバイバル生活をしながら、宇宙ミッションを模擬してグループで様々な課題に挑む。具体的には系外惑星天体の観測と解析、重力が植物に与える影響を調べる微小重力実験を実施。朝7時の起床から深夜1時まで講義や実験、天体観測が続くハードスケジュールだ。

有人宇宙学実習のミッションの一つ、植物実験中。(提供:京都大学)
有人宇宙学実習はテントで宿泊しながら行われる。左から3人目が土井隆雄・京大特定教授(若い!)。右から2人目の小原輝久さんはこの実習がターニングポイントになったそう。第1回有人宇宙学実習にて。(提供:京都大学)

さらに毎日、唾液中のアミラーゼを測るなど複数のストレス評価テストを行って、自分が感じるストレスを計測する。極限環境で自分がどう感じ、どう変化していくのか、体験を通して客観的に把握、理解するのも閉鎖環境学習というミッションの一つなのだ。

実習中に起こった出来事を記録するために、土井さん自ら作ったのが「クルーノートブック」だ。土井さんご自身が2回の宇宙飛行中、気付いたことや日記を記録した本物のクルーノートブックを模して学生のために作ったそう。中身はスケジュールや各種実験概要、ストレステスト診断結果表など。メモスペースが多くとられている。「宇宙ミッション中は起きてから寝るまで、いや、夢を見ている間さえもすべての時間が発見の連続。その発見を宇宙飛行士は自分のCrew Notebookに書き込むのである」と土井さんは宇宙総合学研究ユニットNEWS 2018年10月号に書いている。宇宙飛行士と同じように学生は実習中のあらゆる出来事を観察・記録・考察することによって科学する習慣を身に着けることが求められる。クルーノートブックの完成度によって成績評価をするそう!

有人宇宙学実習で使われたクルーノートブック。土井先生が宇宙飛行中に使った本物を模して作ったものだ。
土井先生が宇宙飛行中に使った本物のクルーノートブックに興味津々の伊藤梓さん(左手前)と金井佑人さん(左奥)。

楽しそう!だがテントで5泊6日とは、かなりハードだ。2018年の第2回有人宇宙学実習に参加した農学部4回生(当時3回生)の伊藤梓さんによると「面白かったですよ~。深夜2時ごろまで天体観測実習があって、やることがいっぱいなので、すぐに寝られます」。土井さんも「先生の方がダウンするんだよね」と笑う。

大自然の中で行われる実習中は、想定外の事態も頻発する。1回目は雷のため予定を変更。2回目は近くで火事が発生した影響で断水(4~5時間)があった。「何かが起こるたびに『これは土井先生によって予めプログラムされたグリーンカードに違いない』とみんなで話してました(笑)」と伊藤さん。(グリーンカードは漫画「宇宙兄弟」に登場する言葉で、宇宙飛行士選抜試験で受験者にストレスを与える事態を起こすため用いられるカード)

伊藤さんは、大学でまさか宇宙のことを勉強するとは思っていなかったけれど、宇宙ユニットで宇宙木材というテーマに出会い、宇宙の本を読むうちに「宇宙に森林があったらいいな」と思うようになったそう。現在は、火星環境を模擬した真空チャンバー内で樹木が育つかどうかを実験するため、制御系電子回路の開発と格闘中だ。

アリゾナ州で米国人大学生とスペースキャンプ!

そして今年の夏、さらにチャレンジングな実験が実施される!京都大学宇宙総合学研究ユニットは、アリゾナ大学と共同でスペースキャンプを実施するのだ。舞台は米国アリゾナ州にある「バイオスフィア2」。1991年に作られた人工生態系であり、現在はアリゾナ大学の施設。約1万3千平方メートルの敷地内には熱帯雨林、海洋、砂漠、湿地帯などの環境が再現されている。それら環境を使った実験や放射線の実験等を日米の学生5人ずつ、計10名で共に行う。

今夏の実験に先駆け、2019年2月19日~21日、第1回スペースキャンプが実施された。土井さんもインストラクターで参加。「2泊3日はあっという間に過ぎ、もっと色々やりたいと提案しました。第一回はアメリカ人学生2人、日本人学生3人が参加しましたが、施設に入る前にコミュニケーションをとりチームワーク作りが必要だという課題も見えました」

米国アリゾナ州にある「バイオスフィア2」で2019年2月、第一回スペースキャンプが実施された。今年の夏には日米10人の学生が参加予定(提供:京都大学)
バイオスフィア2の内部で。(提供:京都大学)

これまで有人宇宙学実習に参加した学生の反応は「非常にいい」と土井さんは手ごたえを感じている。「終了後は、明らかに変わりますね。スマホを禁止して皆でコミュニケーションをとるようになる。チームワークだから、ミスをすると周りに影響する。自分の活動に責任をもつようになるんです」。

パラボリックフライト—「時間を短く感じる」

第一回のパラボリックフライトの様子。(提供:京都大学)

実習のもう一つの目玉はパラボリックフライトだ。航空機が放物線飛行を繰り返すことで無重力状態(正確には微小重力状態)と過重力状態(最大約2G)を作り出す。2017年から4回のKPC(Kyoto Parabolic Flightの略)を実施。重力下に生きるヒトが無重力の宇宙で生きるとどのように進化するのか?そんな問いを抱いて、毎回様々なテーマに取り組んでいる。たとえば「どいたかお」課題。飛行中「どいたかお!」の掛け声に合わせてノートに「どいたかお」の五文字を縦書きと横書きで書く。空間認知を調べる実験の一つで、結果は縦書きの場合、垂直方向の時間が狭まるようだ。無重力状態は人の垂直方向の空間認識に影響することが示唆されるという。

時間認識の変化に関する実験も面白い。無重力状態で目を閉じて10秒経ったと思ったらストップウォッチを押す。10秒より早く(9秒56)で10秒経ったと思ってしまう。KPC-4に参加した工学部3回生(参加当時は2回生)の金井佑人さんは、やはり時間認知が早くなったという。「個人的には潜在的な時間認知が早くなったというより、身体を支えるものがない、普段とは違う環境にいるという心情の変化によるものが大きかったのかなと思っている」とのこと。研究結果としては、「時間認知が早くなったのは、重力変化が興奮や焦りなど心情が変化した影響も考えられる」と考察されている。

KPCは学生の間で大人気。選抜には書類や面接が行われる。金井佑人さんも2回目の挑戦でヒッチハイクの経験からチャレンジ精神をアピールし、ようやく参加できた。バイオスフェア2のスペースキャンプにも応募してみたいと意欲的だ。

ヒトは宇宙で進化できるかー鍵は150人の社会を作れるか否か

2008年3月、2度目の宇宙飛行中、ISS「きぼう」船内保管室(写真)の中で。約10年ぶりの宇宙だが「体は宇宙を覚えていた。人間の体はよくできていて宇宙に適応できる」と土井さん。(提供:NASA)

これらユニークな教育活動を行う京都大学の有人宇宙学は、日本の宇宙開発にビジョンがないことに対する土井さんの危機感から生まれている。(コラム参照:1000年の歴史を持つ京都で、1000年先の宇宙と人類を考える—土井隆雄さん インタビュー)日本には宇宙開発に関わる人材が少なく、産業も成り立たないことが背景にあると考えた土井さんは、宇宙という新しい世界を自ら切り拓く高い志をもった人材を育成しようと情熱を注ぐ。工学や理学だけでなく、人文社会学も含む総合的な学問はどこにも存在しなかった。世界初の学問、「有人宇宙学」は京都大学で2017年秋から始まった。

霊長類学も含まれる点が、人間と時間と宇宙をつなぐ有人宇宙学ならでは。約500万年前、アフリカの森に住んでいた霊長類の祖先のうち、ヒトの祖先だけがサバンナに出て今の人間に進化したという。劇的な環境変化に耐えサバンナで生き延びたのは社会を作ったから。宇宙に出ようとする人類が環境激変下でサバイバルし、進化できるか否かも「宇宙で社会を作れるか否かにかかっている」と有人宇宙学は説く。

社会の規模は?「霊長類学の研究によって小社会の数は脳髄の大きさに比例することがわかっていて、人間の場合は150人。例えば月面に150人が生きる社会を構築できれば、人類はアポロ計画のような一過性のミッションでなく、宇宙に展開し、遠い未来に進化することができるでしょう」(土井さん)

実際に有人宇宙学の演習では学生たちに「宇宙空間や月、火星、土星の衛星エンケラドスにそれぞれ150人の社会を作りなさい」という課題を与え、目的地別の4班で研究発表させている。社会はどんな人たちから構成されるか(エンケラドスの場合、農業5人、漁業5人、ロックバンド4人!等々)、基地や植物工場の大きさなど学生たちがまとめた研究成果は非常に具体的で、楽しみながら研究していることが伝わってくる(欄外リンク参照)。

教育だけでなく「宇宙の森作り」などの研究活動も推進する土井さんは超多忙だ。「学生にふれる時間が限られる。様々な分野の学生を呼び込むためにも、学生が自由に実験できる場所を作ろう」と実験室を整備した。3Dプリンターが置かれ、私が訪れた時も月や火星で作ることを目指した四足ロボットの部品が学生さんによって製作中だった。そんな様子を「いいでしょ?」と土井さんは目を細めながら見守る。学生さんは「(土井先生は)研究の後ラーメンをご馳走してくれる」。宇宙を体験した先生との距離がとても近い。最高の環境じゃないか!

「有人宇宙学を完成させるには100年ぐらいかかるかもしれません。受け継いでいく必要があり、その最初の一歩を今、歩み始めたところです」と語る土井さん。人類の次なる進化のための第一歩は、希望に満ちた若者たちと共に記され、確実に受け継がれ始めている。

至る場所に貼ってあった「宇宙をめざせ」のチラシ。工学部4回生・小原輝久さん(3点目の写真に登場)が宇宙ユニットの活動を広く周知しようと提案、印刷や配布を行った。小原さんは有人宇宙学実習後、このチラシを含め自主的に行動するようになったそう。
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