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ビジネスコラム

宇津木妙子氏真摯に、真剣に、一人ひとりと向き合いながら。

2024年3月公開【全4回】

今回は、女子ソフトボールの指導者として日本を世界のトップレベルにまで押し上げた宇津木妙子さんのご登場です。チームスポーツであるソフトボールから掴んだ人材育成と組織づくりのノウハウ、そして、目標を達成するために必要な心構えなどについて、存分に語っていただきました。

要旨

2008年の北京、2020年の東京と、女子ソフトボールが正式種目として採用されたスポーツの祭典において2大会連続で金メダルを獲得した日本。その土台を築いたのが、1997年の日本代表監督就任以来、長く女子ソフトボール界をけん引した宇津木妙子さんであることに異論を唱える人はいないでしょう。その徹底した指導は選手を限界まで追い込む過酷な練習だけではなく日々の生活習慣にまでおよび、監督時代は“鬼コーチ”として恐れられる存在に。それでも選手たちから絶大な信頼を寄せられてきたのは、厳しさの裏側に深い愛情があり、そして、必ず「結果」が伴ってきたからこそといえるでしょう。嫌われ役になることをいとわない覚悟を決め本気で選手たちと向き合い、結果を出し続けてきた宇津木妙子さん。その指導者としての真髄に迫ります。

宇津木妙子(うつぎ・たえこ)

1953年、埼玉県出身。中学校1年時からソフトボールを始める。星野女子高等学校を経てリーグ1部のユニチカ垂井に所属し、1974年世界選手権出場。1985年に現役引退後、ジュニア日本代表コーチを経て日立高崎の監督に就任。当時3部だったチームを1部で優勝するチームに育て上げた。1997年に日本代表監督に就任し、2000年シドニーオリンピックで銀メダル。2004年アテネオリンピックで銅メダル。日本代表監督退任後はその功績が讃えられ、日本人で初めて指導者としてISF(国際ソフトボール連盟)の殿堂入りを果たした。その後は日本ソフトボール協会常務理事、文部科学省中央教育審議会委員等を歴任し、講演活動、グラウンドでのコーチなどを通じて国内外でソフトボールの普及に尽力している。

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