腕時計とエアコンが見つめる宇宙 シチズン時計 スーパーチタニウムTM × 三菱電機 ルームエアコン 腕時計とエアコンが見つめる宇宙 シチズン時計 スーパーチタニウムTM × 三菱電機 ルームエアコン

腕時計とエアコン——一見何の共通点もなさそうな2つの商品ですが、そこには「宇宙」という繋がりがありました。
2020年にチタニウム※1技術が50周年を迎えたシチズン時計株式会社から、チタンの研磨加工開発に携わる廣江誠一さんをお招きし、
三菱電機でルームエアコン「霧ヶ峰」の企画・設計に携わる廣崎弘志とのエンジニア対談企画が実現。
全く異なる商品に携わってきた2人のものづくりに込めた想いとは?

※1 チタニウムは、非鉄金属材の一種。「チタン」とも呼ばれる。軽く、比強度が高く、サビず、人体にもやさしい特徴を持つ。

廣江 誠一

シチズン時計 製造技術本部外装開発部
表面処理開発課リーダー

廣江 誠一

1983年、シチズン時計株式会社に入社。2001年まで技術研究所に在籍。硬くて脆い脆性材料を対象に、精密加工技術(主に研削加工・研磨加工・レーザ加工)を研究テーマとしながらハードディスク装置の磁気ヘッド、インクジェットプリンタの印字ヘッド、CRTの電子銃等、電子デバイスの製造技術開発に従事。2001年、会社から「チタンの研磨開発」の指令を受け、同社時計事業部へ異動。以降、チタンの研磨加工開発・材料品質技術、腕時計の外装部品(ケース・バンド・文字板・針)の加工技術、表面処理技術に従事する。

廣崎 弘志

三菱電機 静岡製作所
ル-ムエアコン製造部技術第一課

廣崎 弘志

2008年、三菱電機に入社。入社以来、一貫して三菱ルームエアコン「霧ヶ峰」の快適機能の企画・設計に携わる。2017年から人工衛星にも搭載された赤外線センサー技術をエアコンで活用するための開発をスタート。研究所・デバイス工場の開発者と共に先端技術の民生活用を推進し、2019年には高精度センサー「ムーブアイmirA.I.+」として結実させた。現在はセンサーによる快適機能だけでなく、機種全体の開発を取り纏めるリーダーとして活躍する。

※本対談はテレビ会議システムで実施しました。

HAKUTO-R※2
選んだ
シチズン
「スーパーチタニウム™」

編集部シチズン時計でチタンの研磨加工開発に携わる廣江さん、三菱電機でルームエアコン「霧ヶ峰」の企画・設計に携わる廣崎さん、今回はお二人のエンジニアにお集まりいただきました。よろしくお願いします。なお当取材は新型コロナウイルス感染防止の観点から、ビデオ会議ツールを用いまして、廣崎さんには静岡製作所からご参加いただいています。

三菱電機
廣崎弘志
廣江さん、はじめまして。廣崎と申します。リモート画面から失礼いたします。

シチズン時計
廣江誠一さん
はじめまして、廣江です。よろしくお願いします。

編集部お二人は「腕時計」「エアコン」という生活に身近な製品に携わっているエンジニアですが、実は「宇宙」という共通点があるんだとか。

廣崎そうですね。私も今回のお話を伺って驚きましたが、確かに「宇宙」という繋がりがありました。しかも、偶然にも名字まで「廣○」で、何かご縁のようなものを感じています(笑)。

廣江漢字も珍しい方の「廣」ですからね(笑)。

編集部対談が読みにくいかもしれませんので、お名前を色分けしておきますね(笑)。さて、まずは廣江さん。1970年にシチズンは世界で初めてチタニウムを採用した腕時計を開発し、2020年に技術開発50周年を迎えました。「キズに強く、軽く、肌にやさしく、サビにくい」腕時計のために開発されたその独自技術は、民間月面探査プログラムHAKUTO-Rのランダー(月着陸船)にも採用される予定とお伺いしています。※2 宇宙ベンチャーispace社が2023年までに行う2回の月探査ミッションを統括するプログラム。独自のランダー(月着陸船)とローバー(月面車)を開発し、2022年に月面着陸、2023年に月面探査を予定。シチズンは同プログラムにおいて、日本航空、三井住友海上、日本特殊陶業、スズキ自動車、住友商事、高砂熱学、SMBCグループとともにコーポレイトパートナーとしての支援を行う。

廣江腕時計にチタニウムを採用して以降、弊社は技術開発を繰り返してきました。その末に編み出されたのが「スーパーチタニウム™」です。スーパーチタニウム™は、旧来のチタニウム素材に弊社独自の加工技術と「デュラテクト」という表面硬化技術を掛け合わせ、素材の価値をさらに向上させています。スーパーチタニウム™が施されることで腕時計の形状・面が美しく仕上がるだけでなく、カラーバリエーションに富んだデザインを成立させ、なおかつ日常使用でのキズつきからお守りします。

廣崎スーパーチタニウム™は宇宙事業の領域でも注目されているそうですね。

廣江過去に月面無人探査の競技コンテスト「Google Lunar XPRIZE」に参加した日本の民間チーム「HAKUTO」を弊社が応援させていただくご縁があり、その際HAKUTOとコラボしたスーパーチタニウム™腕時計を発売したのですが、実際にご使用いただいたチームメンバーの方から「スーパーチタニウム™のキズのつきにくさを実感した」とお褒めのお言葉をいただきました。
そして、チームHAKUTOをリブート(再起動)させた『HAKUTO-R』プログラムで開発予定のランダー(月着陸船)にスーパーチタニウム™を応用する、というお話に繋がったのです。
現在シチズンではスーパーチタニウム™を応用したランダーのパーツを開発試作中です。

廣崎なるほど。そうした経緯で御社の技術・実力が認められたのですね。

編集部2020年1月にはチタニウム技術50周年を記念したフラッグシップモデルを発売されたのだとか?

廣江はい。こちらがその限定モデル「SATELLITE WAVE GPS F950」です。

廣崎(画面を見ながら)かっこいいですね!これが月着陸船にも使われている素材でできているんですか…。

廣江文字板は6層のパーツを重ねた多層構造のデザインで「果てしなく続く宇宙空間の奥行」をイメージしています。50年にわたるチタニウム技術の研鑽が生み出したこのモデルは、いわば私たちシチズンの技術の結晶。次なる革新へのスタートだと考えています。

廣崎ご専門の領域で技術研鑽を重ねた先で「宇宙」というテーマにつながったわけですよね。同じエンジニアとしてどのようなお気持ちで開発に挑まれているのか、とても興味があります。

廣江廣崎さんはまだ私に比べてお若いと思いますが、私たちの世代は子どもの頃に「アポロ11号」の月面着陸や大阪万博の「月の石」展示に心を躍らせました。今回の「HAKUTO-R」プログラムを通じ、現代の子どもたちに宇宙への憧れや月旅行の夢を与えられたら素敵だなと思っています。
スーパーチタニウム™は月着陸船のごく一部の部品ではあるのですが「自分たちが手掛けた技術が宇宙を旅して月まで到達する」と考えるとワクワクするのと同時に、想定どおりに動作してほしいとの緊張感があります。地道に開発していた技術が、他社の方にも認められたということも誇らしいです。

HAKUTO-R※が選んだ シチズン「スーパーチタニウム™」

霧ヶ峰のセンサーを進化させた
宇宙技術とのシナジー

編集部宇宙事業については三菱電機も注力していますよね。

廣崎はい。私はエアコン担当なので、宇宙事業とは全く部署が異なるのですが、三菱ルームエアコン「霧ヶ峰」の2020年度モデル(FZ・Zシリーズ)の開発で、初めて宇宙事業と繋がることになりました。このモデルに搭載した赤外線センサー「ムーブアイmirA.I.+」には、陸域観測技術衛星2号(だいち2号※3)に搭載実績のある、当社独自に開発したサーマルダイオード赤外線センサー技術※4を活用することになったからです。※3 当社が宇宙航空研究開発機構(JAXA)から主契約者として受注・製造した地球観測衛星。2014年5月24日に打ち上げられ、現在、軌道上で運用中。
※4 陸域観測技術衛星2号「だいち2号」の地球観測用小型赤外カメラに利用された技術。

廣江そもそも赤外線センサーは、エアコンの機能としてどういう役割を果たしているのですか?

廣崎人・物は自ら赤外線を出しています。そしてその赤外線の波長は温度によって違いがあるので、それを見ることで離れたところから温度を検知する-それが赤外線センサーです。エアコンから離れた床や壁の温度を測ることが快適な空調制御に重要なんです。霧ヶ峰に赤外線センサーの搭載が始まったのは2000年のことでした。以来、床や壁に留まらず、人の居場所や手先・足先の温度など、毎年センサーの精度を上げて見られるものを増やしています。そして2018年にはAIを組み込んで、センサー情報から住まいの性能を学習し、少し未来の室温変化まで先読みして運転を調節する機能も開発しました。だからセンサーのペットネームにも「A.I.」を入れて「ムーブアイmirA.I.」と名付けたんです。

赤外線によるセンシングイメージ

編集部なるほど。では2019年の「ムーブアイmirA.I.+」の「+」は何なのでしょうか?

廣崎それが宇宙事業で培った技術なんです。今回「ムーブアイmirA.I.」に人工衛星に使われたセンサー技術を活用することで、部屋の床や人の温度だけでなく、温風・冷風などが接する床・家具などの変化から「風の流れ(気流)」まで見ることができる「ムーブアイmirA.I.+」へと進化したのです。従来の人が感じる暑い・寒いの感覚に合わせて運転を自動調節する機能はもちろん、部屋の間取りや家具のレイアウトに合わせて最適な気流に自動調整します。例えば、人のいる場所の手前にソファがあって温風を邪魔している場合も、温風が見えるので人に届いていないのを検知して別のルートを探すことができるのです。

廣江エアコンが自ら判断して、障害物を避けながら風を届けてくれるんですか。すごいですね!

廣崎さらに2020年度モデルでは「サーモでみまもり」という新たな機能も追加されています。弊社専用スマートフォンアプリ「霧ヶ峰REMOTE」からお部屋の温度分布を、このような「熱画像」(写真)として確認し、外出先からエアコンを遠隔操作できます。熱画像なので「プライベートを覗かれている」というような心理的抵抗感を与えることなく、ご高齢の方や子供がいても安心です。

編集部人工衛星に搭載されている技術の活用によって、霧ヶ峰はさらに進化したのでしょうか?

廣崎そうですね。赤外線センサーの性能は大幅に向上しました。前年度モデルと比較してセンサー画素は80倍、感度は2.5倍になっています。AIによる快適制御の性能を大幅に引き出すことができたと言えると思います。

廣江宇宙事業で開発されていた技術が、どのような経緯で霧ヶ峰に採用されたのですか。

廣崎どうしたらもっとお客様一人ひとりに合った快適な風を届けられるだろう?とエアコン製造部で頭を悩ませていた頃、家電以外の部門で培われた技術を活用できないかという声が高まりました。そこで社内の研究開発プロジェクトを確認したところ、どうやら人工衛星の技術をルームエアコンのセンサーに搭載できるかもしれないと。

廣江人工衛星とエアコンは、普通はなかなか結び付かないですよね。

廣崎確かにそうだと思います(笑)。そして、2017年から研究所とエアコン製造部で様々な協議を重ねて、宇宙で活躍する技術が、エアコンの温度検知を向上させる技術として採用されることになりました。

編集部先ほど廣江さんからは「アポロ11号」世代として宇宙にかける思いなどを伺いましたが、廣崎さんはいかがですか? 総合電機メーカーで働くなかで、直接的ではないにせよ、宇宙事業に近いところでお仕事に携わった。そのことについて、率直にどのようにお感じになっていますか。

廣崎私にも子どもの頃から宇宙に対する漠然とした憧れがありましたし、三菱電機に入社したときから人工衛星開発など宇宙事業に直結する事業部やプロジェクトチームが社内あることも当然知っていました。なので、今回はたまたまとはいえ、それらの世界に自分が繋がったことには喜びを感じています。宇宙ってロマンを感じますからね。 ただそれ以上に、1人のエンジニアとして、エアコンをまた一歩進化させられた喜びの方が大きいです。 昨今ではルームエアコンの品質向上が目覚ましく、弊社を含め各社がしのぎを削っていますが、今回ご紹介した製品はライバルに負けないものになっていると自負しています。そのような製品が、家庭から宇宙までを守備範囲とする総合電機メーカーならでは取り組みで実現できたことが、エンジニアとしてとてもうれしいです。

人の情緒に訴えかける
腕時計を作りたい

編集部霧ヶ峰も日々進化を重ねてきているようですが、近年の腕時計需要について廣江さんはどのようにお考えですか。

廣江業界として少し脅威に感じているのはウェアラブル端末やスマートウオッチですね。弊社もこうした製品の開発をしていますから、今後その分野の腕時計開発にもより注力することになりますが、やはり1918年創業の老舗メーカーとしては、腕時計が持つ“モノ”本来の価値といいますか、人の情緒に訴えかけるような製品づくりを大事にしていきたいと考えています。

廣崎人の情緒に訴えかける腕時計、ですか。

廣江例えば仕事に行くときに腕時計をはめると、頭の中が仕事モードに切り替わったりする方も多いと思います。腕時計をはめるだけでどこか背筋が伸びるといいますか。

廣崎なるほど。すごくよくわかります。

廣江プライベート用にはまた別の腕時計があって、それを身に着けると今度は仕事モードから切り替わって気分が高まったり。こうして人の情緒に関与できるのは、腕時計が持つ大事な価値のひとつだと思っています。

廣崎たしかに私も初任給をもらったときの記念に、腕時計がほしくなりました。贈り物や記念品、あるいは形見分けなどもそうですが、腕時計には時間を確認する以上の価値や魅力をまとっているような気がします。

廣江歴史的なことを考えても、チタニウムが登場する以前の腕時計の外装は、真鍮にメッキを施したものやステンレス製が主流でしたが、それらは日々使い込んでいくうちにメッキ剥がれや腐食が生じやすかったんです。当時は今以上に「腕時計=高級品」で、何かの記念に購入されたり人から譲り受けたりしたユーザー様は「できるだけ長く使いたい」というお気持ちであったと思います。そこから「耐久性に優れた時計外装」といったニーズが生まれ、スーパーチタニウム™もそれらニーズにお応えするべく誕生しました。金無垢時計など貴金属を使った製品も腐食には強いのですが、なかなか手が出にくい高級品です。スーパーチタニウム™はそうした価格差を埋めながらも耐久性を保つ、そんな意義も持っています。

編集部廣江さんから今後のものづくりにかける思いを伺いました。最後に、廣崎さんからもルームエアコン「霧ヶ峰」の未来像について聞かせてください。

陸域観測技術衛星2号「だいち2号」

廣崎「だいち2号」の観測データは、もともと災害状況や森林分布の把握、地殻変動の計測などの分野で使われています。いわば「衛星から地球を見る」のと同等の技術で「エアコンから人や居室を見ている」——それが「ムーブアイmirA.I.+」です。

「霧ヶ峰」は1967年の誕生から半世紀以上、様々な開発を行い改良を重ねてまいりましたが、このたびの製品も、そうした霧ヶ峰の進化の一歩に過ぎません。エアコンはもっとお客様の暮らしを快適にできると考えておりますので、今後もあらゆる課題を掘り起こし、弊社の技術力で解決していきたいです。

編集部本日はどうもありがとうございました。

取材・文/安田博勇 撮影/魚本勝之
2021.01.20

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