もものせっく桃の節供
桃の節供は五つある五節供の一つです。
現在は、女性や女の子の節供として雛人形を飾り、ちらし寿司などの食事をするなど、どちらかというと華やかに楽しむことの多い行事ですが、古くは災いを払い、疫病を避けるために自分や大事な人の身代わりになるものを用意して川や海など水に流す、そんな意味がありました。
また同じ時期には、春の陽気に誘われて、海辺や川辺で楽しく過ごしたり、山や野に出かけたりすることでただ遊ぶということだけでなく、そうすることで、自然から力を授かることができると信じていたところがありました。
昔と今が違うのは、現代に生きる私たちは様々な行事の行い方を自分で選ぶことができることです。
その家に代々伝わる習わしがあれば、それを大事に引き継いでいく、そういう喜びもあれば、長い時代に渡って行われてきた
多様でさまざまな習わしの意味を紐解き、自分で考え工夫しながら楽しむこともできます。
長い年月の間、日本はさまざまな災害や疫病などに見舞われてまいりましたが、それをなんとか力に変えていこうとするーー
年中行事の、習わしのかたちや意味からそうした意識を感じることも少なくないもの。桃の節供もそういう行事の一つです。
四季折々、一年を通して日々の中で行事を愉しむということは、祖先がしたことの意味を探りその中に残された大事なものを辿る旅のようなもの。
歩いていく道すがらにそっと小さな光を灯し自分と今を静かにみつめる。
行事を楽しみ、しつらう時間はそんなひとときをもたらしてくれる機会でもあります。
桟俵の花御供
桟俵(さんだわら)に時節の花を立て、神聖なものが宿る依代としてしつらう。
高坏には水を張り、災厄を除ける清らかな場に。
桟俵は桃の節供の流し雛をはじめ正月には年神が宿り、お盆などには精霊の乗り物として、古くから様々な行事に用いられ、霊力があると考えられた道具の一つ。
昔の人にとっては、日々の暮らしの中、米俵の蓋として馴染みあるもの。
春のやわらかな力のような穏やかな日が続きますように。
貝と紙雛
折敷の上に檜葉を敷き白色の蛤を土台に毛氈を敷き、紙雛を立てる。
雛祭りに蛤をいただくのは、桃の節供の頃、災厄を祓うために海辺などに行った際、貝などを拾い過ごしたのが現在の習わしに。
ぴたりと合う貝殻はこの世に一対のみ。
二枚貝の蛤は良きご縁を願う縁起もの。
夫婦の縁だけでなくあらゆる人とのご縁や物との縁、事との縁などを祈る。
紙雛は自分や大切な人の禍いを除けるための身代わりの力を持つかたち。
生成りの和紙に願いを込めて女雛男雛に折る。
五つの蛤
折敷に奉書を敷き蛤を並べ永遠の力を宿す常緑の枝に紅白の水引で淡路結びを添える。
五つの蛤にはしっくりと合う数多くの良きご縁がありますよう願いをこめる。
繋がりがないように見えるものも目には見えない道を通り思わぬところで結ばれる。
どんなご縁も大事に思う心を忘れずにいられますように。
桃の桐箱仕立て
桐箱に苔を敷き、桃花と菜の花をしつらい春景色に。
乾いていた空気が潤うと苔も色づく。
小鳥たちはさえずり、春爛漫の音があちこちから響いて賑やかに。
くりかえし訪れる季節の中、心膨らむ春がやってくれば、誰もが心潤い、祝う心が高まっていく。
桃の節供に桃の花をしつらうのは、桃という植物に不思議な力があるという信仰が長く日本にあったから。
ものがたりの桃太郎、鬼をはらうためにイザナギの尊が投げたのも桃、節分の鬼を払うための弓は桃の枝で作る、などなど。
桃という植物は花の魅力のみならず、あらゆる場面で不思議な力を発揮し、役割を果たす。
小さな桐箱の中に力宿るよう祈りながら春景色を描く。
次の季節へと思いを巡らせ、力を養う時間に。
しつらいと文/広田千悦子 写真/広田行正
2023.03.01