職る人たち—つかさどるひとたち—

これからの暮らしを彩る、
ものづくりの若い力

純銅おろし金職人 春原 澄人×三菱ジャー炊飯器「本炭釜」設計者 蜷川 智也

#03 TSUKASADORU HITOTACHI

対談篇 後篇ものづくりの原動力は
「作り手」の思い

(対談篇 後篇)

食にまつわる道具づくりに携わる2人は、ものづくりにどんな思いを込めているのでしょうか。
“職る”2人の対談は続きます。

本炭釜は「かまど炊きごはん」から着想を得た

2006年に“初代”が発売された「本炭釜」シリーズは、いわゆる「プレミアム炊飯器」の先駆けとなりました。キッチン家電の分野で、こうした高級家電を市場投入していくことは三菱電機にとって1つのチャレンジだったのではないでしょうか。

蜷川

それまでのジャー炊飯器市場には、ここまで高価格帯の製品はほとんどありませんでしたので、たしかに当社にとっては大きなチャレンジだったとも言えると思います。しかし、以前から当社は「本当においしいごはんとは何か?」「究極の一杯とは何か?」を考え続けてきましたし、それを実現するための「本炭釜」シリーズではいっさいの妥協なく開発したい、という思いが常に我々にはありました。

妥協なき開発を始めるにあたり、どんなことを参考にしたのでしょうか。

蜷川

我々が目指したのは「かまど炊きごはんの再現」です。かまどは1950年代頃までは一般的家庭で使われていましたが、現在では目にすることが少なくなっています。そこで我々は、今でもかまどが現存している全国各地の家屋などにお邪魔し、かまど炊きごはんの作り方を徹底的に研究しました。

かまど炊きからはどんな着想を得たのでしょうか。

蜷川

大火力でいっきに炊き上げると、お米に「粒感」と「みずみずしさ」が生まれるということです。そうした炊飯を実現するためには、内釜をどんな素材・形状にすればよいのか、そしてどんな構造設計をすればよいのか等々、すべて「かまど炊きの再現」から逆算して考えていきました。事実、「本炭釜」のご愛用者様には50代以上の方が多いのですが、そうしたお客様からは「子どもの頃に食べていたかまど炊きのごはんと同じ味がしておいしい」と、喜びの声が寄せられています。

ずっと使い勝手の
よい商品を提供し続けたい

春原さんは「本炭釜」をご覧になって、どのような感想を持たれたでしょうか。

春原

私も目立ての際には「どうしたら良い目を立てられるのか」と常に試行錯誤しています。お話を聞き、三菱電機さんほどの大きな企業でも、手間を惜しむことなく職人が手作業で成形したり、技術者の方々がそこまで突き詰めて考えている、という事実に素直に驚きました。当初からうまくいく見通しのようなものはあったのでしょうか?

蜷川

そうですね……。正直見通しはあまりなかったかもしれません(笑)。しかし「かまど炊きの再現」という目標は常に明確でしたし、幾度もの視察や検証等から技術的な課題もわかっていました。我々にとって大事なことは、見通し云々ということ以上に「後はどれだけ本気で取り組めるか」だと思っていますし、その点でいえば、最終的に「作り手としての思い」が原動力になりました。

作り手の思い、ですか?

蜷川

はい。本日、春原さんの工房を拝見させていただいて改めて感じることですが、やはりものづくりには「作り手の思い」が反映されてしかるべきだと思います。伝統工芸であれ、キッチン家電であれ、どんな商品にもそこには「作り手の思い」が乗せられている。だからこそ、長く愛用される製品になるのではないでしょうか。

春原

作り手の思いということでいえば、自分の根底にも、お客様に少しでも長く当社のおろし金を使っていただきたいという思いがあります。だから当社では、おろし金の刃先が摩耗したら、それらをすべて削り落として新しい刃を立て直す“目立て直し”を行っています。ずっと使い勝手のよい商品を提供し続けたいその思いが、私の原動力と言えるかもしれませんね。

物質的な豊かさだけでなく
気持ちの面に
豊かさをもたらす

昨今の市場には低価格帯のキッチン家電も数多く流通しています。そうした世相があるなかで「本炭釜」のような高級家電のニーズを蜷川さんはどのように受け止めているのでしょうか?

蜷川

私が三菱電機ホーム機器へ入社してすぐに担当したのは、オーブンレンジの設計でした。まずは自分で使ってみようと、三菱製の最新オーブンレンジを購入した時には、「このオーブンレンジ1つで、食生活がガラッと変わるのではないか」とワクワクしたものです。

春原

私が大矢製作所に入社後、自社の商品を初めて使ってみて「なぜこんなにもおいしい大根がおろせるのか?」と思ったときのエピソードとも重なる部分がありますね。

蜷川

言われてみればそうですね(笑)。そもそもキッチン家電は、お客様が使っている姿を想像しやすい商品だと思うんです。「本炭釜」のようなジャー炊飯器にしても「毎日食べるごはんがおいしくなる!」という期待感をもたらし、お客様の生活を微力ながらも豊かにします。私が三菱電機ホーム機器に就職したのも、まさしくそんな仕事に魅力を感じたからでした。きっと春原さんの作るおろし金を使われる方も、そんなワクワクとした期待感を感じていると思います。単に物質的な豊かさだけをもたらすのではなく、気持ちの面にも豊かさをもたらす。私もキッチン家電を通じ、そんな価値をお届けしていきたいと考えています。

春原さんはご自身の今後のものづくりについて、どのようにお考えですか。

春原

この“羽子板型”のおろし金は、作る人、売る人、使う人の手を経ながら、300年以上前から受け継がれてきたものです。それだけの時間をかけて磨かれてきたのですから、この“形”は後生にも残していくべきだと考えています。しかし一方で、今の生活スタイルに適した商品も作っていきたいと私は考えています。先代の頃から製造・販売している鶴型・亀型をした薬味用おろし金や、おろし金・受け箱・水切りがセットになった「箱型おろし金」も、そんな思いから始まった活動です。箱型のものはより使い勝手がよくなるよう改良を重ねています。とはいえ、どんなに形態が変わろうとも「おろし金は刃物」というポリシーは変わりません。先々代、先代と代々受け継がれてきた切れ味のよさを決して損なうことなく、さまざまな生活スタイルに溶け込んだ商品を開発していくことがこれからの課題だと考えています。

本日はありがとうございました。

“食”の道具づくりに携わる2人の対談。
そこでは「生活シーンをもっと豊かに」という
作り手の思いが共鳴しました。
今後のものづくりのなかで、2人が私たちの生活シーンを
どのように演出してくれるのか、期待したいです。