和食シリーズ企画第3弾
第5回 煮干し
地域が育む身近な産物、
煮干しを知る
株式会社千葉産直サービス
代表取締役 冨田正和さん
代表取締役 冨田正和さん
みそ汁、煮物のだしなど、家庭料理に欠かせない煮干し。
おいしい風味を求めるなら、まずは素材を知り、製法を知ることも大切です。
千葉でこだわりの煮干し作りに生産者と30年以上取り組んでいる、
株式会社千葉産直サービスの冨田正和さんに、
おいしい煮干し作りへのこだわりについて伺いました。
地元千葉の海の幸の風味を生かして
- 編集部
- 煮干しの原料といえばイワシですが、千葉ではいつ頃からイワシ漁が行われているのですか?
- 冨田さん(以下、敬称略)
- 千葉の九十九里はイワシ漁が盛んで、資料によれば江戸時代から地引き網漁が行われ、イワシを獲っていたことがわかっています。当時は食用だけでなく、農作物の肥料などにも使われていたようです。その後、明治時代には煮干しが作られるようになりました。それは、地元九十九里の豊かな漁場と流通しやすい恵まれた環境があったからこそ。でもイワシ漁についていえば、1980年代を最盛期に、2000年以降は漁獲量も減ってきています。それにはさまざまな要因がありますが、私は加工業者、消費者の立場から、地元の産業を盛り上げていかなければならないと感じています。
- 編集部
- 煮干しの原料には、どのようなイワシが使われているのですか?
- 冨田
- 一般的には、カタクチイワシです。長崎や瀬戸内海でも多く獲れますが、私たちは九十九里で獲れた鮮度がよくて小さいものを選んで使います。
- 編集部
- カタクチイワシのサイズにこだわるのはなぜですか?
- 冨田
- 一般的な煮干しは、10cm以上のものも多いのですが、サイズが大きいイワシは脂がのっているため、普通に煮干しにすると脂肪が酸化して臭みが出やすくなります。そのため、煮出し時間を長めにして脂を落としたり、酸化防止剤を加えたりします。でも、5~6cmの小さめサイズのカタクチイワシを選べば、脂肪含有量も少なく、酸化防止剤も使わずにおいしい煮干しが作れるのです。しかし、脂肪の少ない小さめサイズのイワシが獲れるチャンスは、10月中旬から2月頃と限られています。私たちは、無添加にこだわり、この時期に獲れた良質のイワシしか使いません。そのため、天候や鮮度、サイズなどの状況によっては、製造をあきらめた年もあります。
鮮度が命のイワシ加工はスピードが肝心
- 編集部
- おいしい煮干し作りに、とことんこだわっているんですね。具体的に、煮干し作りはどのような作業で行われるのですか?
- 冨田
- まずその日に水揚げされたイワシを、加工場で素早く氷水で洗い、ヌメリをとります。次にせいろに並べて、すぐに海水で釜ゆでします。ここでイワシの脂肪分もある程度とれるのですが、旨味を損なわないように煮出す、ゆで加減が大切です。ゆであがったイワシは、せいろにのせたまま、湯気が立っているうちに干し場で自然光による天日干しを行い、仕上げに冷風乾燥を行います。こうした製造工程で大事なのは、なんといっても鮮度です。イワシは「鰯」と書きますが、読んで字のごとく、弱い魚なんです。鮮度保持が難しいため、水揚げされたらすぐに加工できるよう手際よく作業を進めなければなりません。
煮干しのおいしさの違い、実際に飲試してみました
- 編集部
- 御社の天日干しの煮干しと、産地やサイズ、作り方が異なるものとでは、味に違いはありますか?
- 冨田
- もちろんです。食べてみたらわかりますよ。よかったら煮干しだしを試飲してみませんか? せっかくですから、一般的な煮干し(頭と腹わたを取ったもの)と、天日干しのうちの煮干しと、それから一般的な和風顆粒だしとで比較してみましょう。
- 編集部
- なるほど、飲んでみると違いがわかりますね。一般的な煮干しは少し雑味が残るんですね。天日干しのほうは、すっきりとして雑味がない。顆粒だしはおいしいですが、はっきりした味で天然だしのような深みがない気がします。
- 冨田
- そうなんです、煮干しとひと口に言っても、大きさや製法によって味は変わります。また最近の顆粒だしもとても上手に作られていますが、天然だしの味わいとはまったく異なります。
- 編集部
- おいしい煮干しの見分け方はありますか?
- 冨田
- 煮干しは脂肪の酸化を防ぐことが大切ですから、見た目で酸化しているとわかるものは避けましょう。全体的に黄色く油ヤケを起こしているものはダメですね。また、腹が割れているものは、ゆでる段階で鮮度が悪かった可能性があります。お腹もチェックしてください。
家庭でも実践したいおいしい煮干しの活用法
- 編集部
- 煮干しだしの上手なとり方があれば教えてください。
- 冨田
- 家庭でも手軽にできる、上手で簡単なだし取り法をお教えしましょう。まず一般的な煮干しは、エグミが出ないように頭と腹わたを取りますが、素材を選べば頭や腹わたを取らなくても大丈夫です。脂肪の少ない小さめの鮮度のいい煮干しなら、下処理は不要です。煮干しは一晩、水につけるのがいいと言われますが、家庭で時間がない時は30分程度水につけておくだけでも結構です。そのあと、鍋で沸騰させて5~6分煮出せばおいしいだしの出来上がりです。「一晩」という料理本などの知識だけに頼らず、素材がよければ「30分」に手抜きをしても、十分おいしいことを知ってもらいたいのです。前もって水に浸す時間がないなら、乾燥のまま水に入れて煮てもOK。「時間がない」「余裕がない」だけで日本の和食文化の根幹である「だし」が「顆粒だし」に代わっていってしまうなら、手抜きでも伝統的な食材を使って欲しいと考えています。
- 編集部
- みそ汁を作る場合、煮干しだしにはどんな味噌が合いますか?
- 冨田
- 何でも大丈夫ですが、私は信州みそが好きです。私は子どもの頃から煮干しだしのみそ汁を飲んできましたが、わが家のみそ汁には、煮干しがそのままお椀にも入っています。うちの煮干しは、食べてもおいしいんですよ。
- 編集部
- だし取り以外に、煮干しのおいしい食べ方などありますか?
- 冨田
- 酢じょうゆあえは、おすすめです。しょうゆと酢と砂糖に煮汁を少々加えてあえると、おいしいですよ。また一度、だしをとったあとの煮干しは、佃煮にしたり、大根おろしにあえてもおいしく頂けます。
- 編集部
- 最後に、これからの和食について、今後はどのように普及されるべきだと思いますか? 煮干しを通して伝えたいことなどあれば教えてください。
- 冨田
- 私としては、煮干しの普及ということよりも、もっと和食全体を考えていけなければならないと思っています。そもそも和食ってどういうものかといえば、まず米、ごはんが大事ですよね。米があるから、みそ汁、だしがあるんです。和食を盛り上げるには、もっと米を食べるようにならないと、みそ汁、だしの価値も生きてきません。皆さんには米のおいしさを見直して頂きたいですね。私自身は、100年後の次世代にも食文化を伝えていきたいと考えています。千葉は農畜水産に恵まれた地域ですから、地元の生産者や職人さんとともに、食で地域を盛り上げる持続可能な仕組みづくりを考えています。
2017.03.03