和食シリーズ企画第3弾
第9回 海苔
海苔づくり名人から
渡された
極上の一枚を
最上の焼きで届ける。
株式会社丸山海苔店
横山亮さん
櫻井明彦さん
櫻井明彦さん
少し前まで、海外では海苔が食べられていなかったといいます。
しかしいまでは「和食」や「すし」の認知も進み、
海苔の世界は広がってきているのだとか。数々の名店から
指名を受ける老舗、丸山海苔店さんにお話を伺いました。
海苔は「税」になるほど珍重されていた
- 編集部
- 旅館の朝ごはんの光景に象徴されるように、多くの家庭で海苔は当たり前のように常備されています。日本人にとっては長くなじみのある食品という印象があるのですが。
- 櫻井さん
(以下、敬称略) - 現在のような板海苔の形になったのは、江戸時代に養殖技術が確立されてからのことだと言われています。いまも「海苔のふるさと」と言われる東京都大田区大森のあたりで盛んだったようですね。
- 横山さん
(以下、敬称略) - 板海苔を使う巻きずしも江戸時代中期の18世紀には登場していますし。弊社も1854(安政1)年、日本橋の海苔問屋として創業しました。当時の日本橋の海苔問屋は、江戸の食文化だった海苔を上方――京都などの関西地方に広める立役者になったと言われています。
- 櫻井
- 海苔そのもので言うと歴史は古くて、702年に諸国に頒布された大宝律令に税としての記録が残っています。いわゆる「租庸調」の「調」ですね。29種類の海産物のひとつとして取り上げられています。
- 編集部
- 現在、主流となっている「板海苔」はどのようにして作られるのでしょうか。
- 櫻井
- 現在の養殖は海に網を張り、そこに海苔の胞子の入った牡蠣殻を投入していきます。秋になって水温が低くなると牡蠣殻から胞子が飛び出して網に付着する。そうして発芽した芽を摘んで、細かく裁断したものを板状に成型して乾燥させる、というのが、一般的な板海苔の作り方です。
- 編集部
- シーズンになると「初摘み」の海苔が出回りますが、やはりおいしいものなのでしょうか。
- 横山
- ええ、もちろん!磯の香りとともに口のなかで散るように広がるやさしい甘さがあって、口溶けもいいんですよ。
- 櫻井
- 海苔の新芽はやわらかくておいしいんです。1シーズンに何度も繰り返し摘んでいくわけですが、摘むたびに次の芽はかたくなっていきますね。かといって、まったく摘まずに伸び放題というのもやっぱりよくないんですが。
海苔の味を決めるのは産地×生育法
- 編集部
- 店頭で海苔を見ているとさまざまな産地のものが販売されています。地域ごとに特徴はあるのでしょうか。
- 横山
- そうですね。ざっくり分けると、手巻きずしのようにパリッとした食感が特徴の海苔は有明海に代表される九州産。巻きずしのように長時間しっかりと形を保つ海苔は瀬戸内産というイメージが強いですね。エリアとしては河口付近の海水と淡水が適度に入り混じった肥沃な地域が海苔養殖には適しています。そのほか養殖の方法によっても味わいは変わります。
- 櫻井
- 海苔の養殖には大きくわけて2つの方法があります。ひとつは海中に支柱を立てて、その上部に網を張り巡らせる「支柱式」。もうひとつは海の上に浮きを浮かべ、そこに網を張り巡らせる「浮き流し式」です。
- 編集部
- 海苔の品種は同じでも生育法で味や食感が変わるということですか。
- 櫻井
- そうですね。もともと伝統的な手法としてあったのが「支柱式」。海の干満の差によって、表面の網に繁殖した海苔が海面から顔を出して日に当たったり、海面に浸かったりする方法です。一方、海上に浮かべた「浮き」の間に網を張った「浮き流し式」は常に海面に浸かっています。24時間水に浸かりっぱなしですから、丈夫でかたい食感になりやすい。
- 編集部
- 「支柱」か「浮き流し」か地域によって異なるということですか。
- 横山
- 水深が深いところだと、支柱が立てられないので「浮き流し」にならざるを得ませんから。ざっくり申し上げると九州は支柱が多く、瀬戸内は浮き流しが多いと言われています。
- 櫻井
- 同じ県でも細かく違うケースもあるんです。例えばほとんどが支柱の佐賀でも瀬の深い1か所だけは浮き流しとか。熊本のほうは8割方浮き流しだったりもします。厳密に見ると同じ県でも養殖方法が異なるケースはありますね。
- 編集部
- 一般的には柔らかい食感の「支柱式」のほうが評価は高いのでしょうか。
- 横山
- 確かに一般においしいと言う評価を受けやすいのは支柱式ですね。やわらかいほうがうま味を感じやすいですから。ただ海苔巻きには水分を含んでも溶けない浮き流し式が適していると言われるので適材適所という面はあると思います。
- 編集部
- パリッとした海苔としっとりした海苔、それぞれの味わいがある、と。
- 横山
- おいしい手巻きずしは巻いてすぐ食べると、海苔のうまみがパァッと口のなかで散るような味わいがありますよね。一方、細巻きや太巻きのように時間が経ってしっとりした食感でこそ感じられる味わいもあります。
- 櫻井
- やはりあのパリッとした食感が醍醐味という面はありますから、生産者もやわらかさや口溶けに力を注ぐ人は多いですね。支柱式の生産者のなかには干満の差や天候、気温などに合わせて、毎日とてもこまめに網の高さを変える"名人"もいます。いい生産者はとにかくよく海苔の面倒を見ています。海苔の漁場は不公平がないよう、毎年各漁協ごとに抽選で割り当て区域が決まるんです。そのなかでもいい海苔が取れやすい場所や難しい場所などいろいろあるんですが、名人はどんな場所でもいい海苔を作る。
- 編集部
- そうした海苔名人の海苔はやはりお高いんでしょうか。
- 櫻井
- そうですね(笑)。海苔は入札制度で問屋が買いつけるのですが、海苔問屋もどの生産者番号がどの人だということはだいたいわかっていますから、いい値段はつきやすいと思います。
- 編集部
- そのほか、最近ですと味わいに特色のある海苔はありますか?
- 横山
- 最近だと弊社では「こんとび」でしょうか。「青とび」とか「青まぜ」なんて呼び方もしますが、青のりが少し混ざった香り高い海苔で、昔ながらの海苔に近い野趣あふれる味わいが海苔好きな方に好まれています。
海苔の最高においしく食べ方――焼きから保存まで
- 編集部
- ちなみに家庭で海苔を最高においしく食べるなら、どういう保存と調理がいいのでしょうか。
- 横山
- おおまかに言うと「適切に管理・保存された海苔を、適切に焼いたもの」ということになると思います。
- 櫻井
- まず適切な「管理・保存」ですが……。
- 編集部
- はい! 冷蔵庫で保存しています!
- 櫻井
- ちなみにどれくらいのペースで召し上がられていますか?
- 編集部
- 毎日です!
- 櫻井
- ならば、冷蔵庫では保存しないほうがいいですね(笑)。
- 編集部
- えっ……。
- 櫻井
- 冷蔵庫で保存すると出したときにどうしても結露が発生してしまいやすい。つまり海苔にとっての大敵である、湿気を取り込みやすくなってしまうんです。たまにしか召し上がらない方ならば冷蔵庫で保存するのもいいかもしれませんが、頻繁に出し入れするような方は冷蔵庫ではなく、常温で涼しいところに保管するのがいいと思います。
- 編集部
- そうなんですか……。
- 横山
- もうひとつ大切なのは光に当てないことです。最近当社では、全型の海苔をパッケージごと保存できるようなアルミ素材の密閉型の保存袋を開発しました。「乾燥状態で密閉できて」「遮光性のある」容器に入れて、「温度変化の少ない場所」で保管するのが一番いいですね。
- 編集部
- なるほど! ちなみに最近スーパーなどで見かけるのは「焼き海苔」ばかりで、炙る前の「乾海苔」がなかなか手に入らないんですが……。
- 横山
- 専門店では扱いのある店も多いと思います。最近では通販などでも販売していますから、一時期よりはお求めやすくなっているかもしれません。ちなみに弊社の築地本店には2種類の乾海苔を用意させていただいております。
- 櫻井
- ご家庭で乾海苔を炙った焼きたて海苔はとてもおいしいんですが、海苔によって最適な炙り方が違ったりして炙り方にもコツが必要です。正直に申し上げて、焼き加減については、弊社工場での焼きたてが一番おいしいと思います(笑)。もし乾海苔を手に入れられたら、ご家庭のガス火ならばセラミックなどが一枚はさんであるような焼き網ごしに炙るのが比較的やりやすいと思います。手軽さを優先するならオーブントースターで様子を見ながら焼くのもいいでしょう。まずは焦がさず、全体の色が変わるように炙ってください。ちなみに、みなさんが普段召し上がられている「焼き海苔」はもう焼いてあるので、再度炙る必要はありません。
- 編集部
- 最後に和食に欠かせない海苔の未来像についてお聞かせください。
- 横山
- われわれとしては国内外を問わず、海苔のおいしさを広めていくということに尽きると思います。焼きたての海苔の味わいを伝え、もっともおいしい食べ方の可能性を探りたい。和食以外の可能性も提案していきますが、もちろん和食の範疇のなかでも新しい可能性や、価値の再発見につとめていきたいですね。
- 櫻井
- 海苔は日本の伝統的な食文化を代表する素材ですから、そうした土台の部分をしっかり伝えるというのは大前提です。海苔に含まれているアミノ酸などのうま味は世界中の誰もが感じられるたぐいのもの。この海からの恵みというおいしさをあますことなく、すべての人に伝えていきたいですね。
2017.07.06