和食シリーズ企画第3弾
第12回 ねぎ
いい長ねぎは料理の味を
格上げしてくれるんです。
葱茂 三代目
安藤将信さん
日本で唯一、長ねぎのみを扱う
千住葱市場の葱商、葱茂さんに
長ねぎの知られざる魅力を伺いました。
脇役から主役までこなす万能選手
- 編集部
- 長ねぎと言えば、そば、うどんの薬味、焼き鳥のねぎま、これからの季節だと鍋物の具材……。どんな役回りもこなす、和食には欠かせない存在です。
- 安藤さん
(以下、敬称略) - そば、うどんなどの薬味なら鮮烈なアクセントになり、鍋物などで煮込めばトロリとした甘みが強調されます。焼き鳥では「いかだ」として主役も張れる。まさに万能選手ですよね。
- 編集部
- 葱商(ねぎの専門卸)の葱茂さんで扱っている「千寿葱」は普通の長ねぎと何が違うのでしょうか?
- 安藤
- 長ねぎは大きく千住群、加賀群、九条群、あと洋ねぎのリーキの4つにわけられます。千住群は関東地方を中心とした品種群で、土寄せを行い、軟白させた根深ねぎです。品種としてはさらに細かくわかれますが、一般に売られている白い部分の多い根深ねぎはほぼ千住群の品種と考えていいでしょう。加賀群は東北、北陸などの寒い地域で育てられる品種。白い部分が太く、煮込んだときに甘味が強いのが特徴で、下仁田ねぎが代表的なブランドですね。九条群は西日本に多いねぎで、株分かれが多く、緑色の部分が長く、辛みが少ないのが特徴です。文字通り九条ねぎなどが代表的な種類。ちなみに「千寿葱」は葱茂のブランドで、千住群から高品質なねぎを選び抜いたものです。
いいねぎはずしりと重い
- 編集部
- いい千住群のねぎとはどういうものなのでしょうか。
- 安藤
- いい千住群のねぎの特徴は、そのまま「千寿葱」の特徴として考えていただいていいと思いますが、まず身が詰まっていること。千寿葱は年輪巻きが12巻以上あることを条件にしていますが、見た目の大きさではなく大きさのわりに重いかどうか。年輪巻きが多く、身の詰まったねぎは水分もたっぷり含んでいて、切ると断面から水分があふれます。薬味にしたときの効きもいいし、そば屋さんなどは「同じ太さでも、千寿葱だと巻きが多く、身が詰まっている。切ったときの量が倍ほども違う」とおっしゃいます。
- 編集部
- いいねぎは、見た目だけでも判別できたりするのでしょうか。
- 安藤
- 首の部分、緑色と白色の境目がはっきりしているねぎにはいいものが多いですね。本来、そのこと自体で味に違いが出るわけではないのですが、長ねぎの白い部分は土をかけて軟白させるわけです。こうした作業をていねいにされる農家のねぎはやはりおいしいですね。あとは表面に鈍いツヤのあるもの。ただ、ツヤといってもピカピカしているものは単に外側の皮をむきすぎたものなので、見分けるのにコツが必要かもしれませんね。
- 編集部
- 同じ千住群のねぎでも、味に違いはあるものですか。
- 安藤
- 例えば、同じ品種でも産地によって微妙に味が異なります。深谷は比較的すっきりした味わいですが、越谷や八潮のねぎは甘みにコクがあり、こってりした味わいになります。いわゆる「名人」と言われるような農家の作るねぎはやはりおいしいですね。作り方のコツは聞いても教えてくれませんけど(笑)。
- 編集部
- 長ねぎは冬においしくなる印象があります。
- 安藤
- そうですね。旬は冬です。11月から3月くらいが一番いい時期でしょう。寒くなってくると糖度がグンと乗ってきます。マンゴーの糖度が15度くらいと言われていますが、去年の冬の千寿葱は18度にまでなりました。
ねぎを長く、おいしく楽しむために
- 編集部
- せっかくのおいしいねぎなら少しでも長く楽しみたいところです。保存はどうしたらいいのでしょうか。
- 安藤
- 昔だったら新聞紙に包んで土に埋めておくのが一番いいと言われていましたよね。ただ、いまは温暖化も進んでいますし、集合住宅にお住まいの方も多い。新聞紙に包んで冷蔵庫の野菜室で保存するのがいいでしょう。洗われた長ねぎでも1週間くらいは持ちますし、根っこのついた泥ねぎならさらに日持ちします。最近「長くて持ち帰りにくいから切ってくれ」というお客様もいらっしゃいますが、切ると断面から水分が蒸発して風味を損ねるのでおすすめしません。
- 編集部
- 葱茂さんは小売りもやってらっしゃるんですか。
- 安藤
- 業務用の卸がメインですが、店頭でも2本から販売しています。時間は6時30分頃からだいたい午前中いっぱい。ただ、早ければ10時で閉めてしまうこともあります。
- 編集部
- “名店”と言われるような店のメニューにも「千寿葱」はよく見かけます。
- 安藤
- 例えばミシュランで星を獲得している焼鳥店の「銀座バードランド」さんや、弟子筋の浅草「トリビアン」さんなどには使っていただいてます。浅草だと「適サシ肉」で話題になった老舗すき焼き店の「ちんや」さんにもお使いいただいていますね。変わり種だと、初台にある長ねぎ専門店「ネギッチンnegi negi (ネギネギ)」にもお使いいただいています。発想が素晴らしくて「こんなメニューがあったのか」と思えるようなメニューのオンパレードです。
- 編集部
- ちなみに“葱屋”であるご自身が一番好きなねぎ料理は?
- 安藤
- これは千寿葱限定なんですが、斜めに薄く切ったねぎの天ぷらを塩で食べる。甘味が凝縮された上、ほんのり香ばしさもあって最高です。あとは薄く切ったものを電子レンジで加熱したものをポン酢5:醤油1の比率で割り、少し柚子胡椒を添えたタレで食べるのもいいですね。
- 編集部
- 最近では、皮を真っ黒に焦がして内側の白いところだけを食べるようなねぎ料理もよく見かけるようになりました。
- 安藤
- おいしいのですが、個人的にはもったいないのでは……と思ってしまいます。おいしいねぎなら、可食部をわざわざ焦がさなくても十分おいしいはずですから。ただ味や香りの立ちにくいお安いねぎの場合は、焼くと香りが膨らむなどしておいしくなるかもしれません。千寿葱だったら黒焦げになるまで焼くよりも、蒸すほうがおすすめですね。味や水分も逃しませんし。
- 編集部
- あらためて、和食において長ねぎとはどういう存在でしょう。
- 安藤
- 薬味であり、甘味、旨味の演出家であり、主役にもなれる。どんな役割でもこなす存在ですね。しかもひとつの食材でありながら、実は料理全体を左右する存在感がある。鴨のような相性のいい食材が相手なら、千寿葱を使うだけで料理の味が1ランク上がったように感じられます。おいしいねぎはねぎ自体の味がいいのはもちろん、まわりの食材をもおいしくするんです。
2017.10.03