和食シリーズ企画第3弾

これからの和食を考える。

ユネスコ無形文化遺産に登録された和食文化。 未来へつなぐために、今できること。ユネスコ無形文化遺産に登録された和食文化。 未来へつなぐために、今できること。

第14回 大根
きれいな水が豊富な
日本は「大根の国」
なんです

日本全職業調理士協会 会長 遠藤十士夫さん

伝統ある日本料理の伝承と、調理士の技術向上をサポートする日本全職業調理士協会。
その会長である遠藤十士夫さんは大根料理のスペシャリストでもありました。

庶民の味方、大根の来歴

編集部
大根と言えば、いつも店頭にあって、リーズナブル。身近な和の野菜代表といったイメージがあります。そもそも私たちはいつ頃から大根と親しんでいたのでしょう。
遠藤さん
(以下、敬称略)
大根もその他の野菜と同様、大陸から伝来したというのが定説です。弥生時代頃にはもう日本に入ってきていたと言われていますね。その頃にはすでに大陸との交易はあったとされていますが、大根について詳しい伝来ルートはわかっていません。例えば朝鮮半島あたりで大根の種を食べたつぐみが、体内に種子のある状態で日本まで飛んできた。本州までは距離があるから隠岐の島あたりでしょうか。鳥の胃は、種を消化しません。フンなどに混じって少しずつ本州へと渡ってきたのではないでしょうか。
編集部
かぶは植える場所によって、違う形になるそうですが、大根にも同じような特性はありますか。
遠藤
そうですね。大根も土地土地に種を植えたら別なものになっていく。少なくとも本来はそうです。例えば原産と言われるエジプトあたりの大根は根が細い。地面が熱すぎて、根っこが育たないんですね。逆に根の太くなる日本は地質の違いこそあれ、きれいな水が豊富にある。日本全国、どこでも大根は育ちますよね。日本料理の基本も水ですし、日本は大根のためにあるような国なんです。
編集部
大根の旬といえばやはり冬のイメージが強い気がします。
遠藤
いまは当然のように一年中売られていますが、やはりおいしいのは冬でしょう。昔から、大根は新嘗祭(にいなめさい)――勤労感謝の日である11月23日を過ぎたらおいしくなると言われています。「霜が降りたらおいしくなる」と。一般に広く出回っている青首大根は病気に強い品種として品種改良されたもので、通年出回っています。昔は真ん中が膨れた練馬大根が好まれていましたが、ダンボールで流通することの多い現代では「総太り」と言われる青首系の大根が90%以上を占めています。

訪日観光客へのPR

編集部
いま日本には何種類くらいの大根があるのでしょう。
遠藤
品種としてはいまから数十年前の時点で約110種類が確認されていますね。例えば練馬大根や三浦大根。聖護院大根に桜島大根に守口大根……。青首のもとになった宮重大根などもそのひとつに挙げられます。
編集部
大根の味わいの違いは品種によるものと考えていいのでしょうか。
遠藤
品種もそうですが、季節によっても大きく変わります。昔の大根は旧暦の八朔(はっさく)――8月1日頃、新暦で言う9月20日前後に植え、それから70~100日かけて育てていました。すると、品種の持ち味が強く出るんです。辛い大根ならきちんと辛くなるし、青首のような品種ならなめらかでみずみずしくなる。気候や風土で味が変わるのも、和の素材らしい特徴です。
編集部
よく「昔の大根は辛かった」と聞きます。
遠藤
「昔の大根は辛かった」はまさにその話です。昔主流だった練馬大根のような白首大根のほうが、青首よりも辛みが強く、しかもいまよりも旬に忠実な栽培がされていました。辛い品種が旬に栽培されていたので、辛いという特徴が強く出やすくなるわけです。対して青首は「辛味」が特徴ではなく、しかも年中出荷されていますから、「辛味」という印象は薄くなるでしょう。
編集部
そういえば「大根は先端が辛く、葉に近い上のほうが甘い」とも聞きます。
遠藤
調理の現場で長くやってきた立場で言わせていただくと、そんなに変わりませんよ。辛味の少ない青首なんて特にそう。流通の都合で単一の品種が出回りすぎている印象がありますが、多様な大根文化があることを日本人自身、もっと知る機会が増えたらいいな、と思っています。多様性の時代であるいま、大根も価値が再発見されるステージに入っていくはずです。
編集部
好みや用途、季節などに応じて、いろいろな種類の大根を使いわけていく時代が近づいている、と。
遠藤
そうです。例えば真冬の時期ならば味噌汁や風呂吹き大根などで十二分においしい。でも那須の高原大根などは生食にしたり、ジュースにするのもいいし、夏ならば亀戸大根を梅酢につけたもの――“乙女漬け”もいい。なめらかで瑞々しい青首は大根ステーキなどにうってつけ。他にも紅芯大根という赤い品種や、翡翠大根という緑の大根もある。たくさんの大根と大根料理は訪日観光客を始め、世界中から愛されるようになるポテンシャルを秘めているのです。

2017.12.05