#12 ― カレーライスを国民食にした日本のごはん篇
「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されてから数年が経ちます。
「このままでは衰退する可能性がある食文化」とされた和食は、あれから歩みを前へと進めることができたのでしょうか。
2021年に創立100周年を迎えた三菱電機は、日本の暮らしとともに歩み続けてきました。
これからも家電メーカーとして日本の食文化に寄り添っていくために、
この100年間の日本人の食卓、そして家電の歩みを振り返り、次なる100年を考えていきます。
和食シリーズ企画第4弾「日本人の食卓 - 100年の歩みを辿る」。第12回目の今回は、前回に引き続いて国民食カレーライスを採り上げます。前回、日本にカレーが伝えられてから現代までの流れを学びつつ、最近話題のスパイスカレーとルウ(っぽい)カレーをカレー研究家の水野仁輔さんに教えていただきました。
ご案内いただいたのは、
AIR SPICE代表
水野仁輔(みずの じんすけ)さん。
1974年静岡県生まれ。カレー研究家。高校時代に巡り合ったカレー店を通じて熱烈なカレー愛を育み、1999年から「東京カリ~番長」として出張カレー活動などに勤しむ。現在はスパイスを通じて刺激的な体験を届ける「AIR SPICE」代表。実践家としての立場から、カレーライスやスパイスと向き合う。
さらに今回は三菱電機から、全国のお米50銘柄それぞれの個性を引き出して炊き分ける「本炭釜 KAMADO」の開発責任者である金井孝博 次長と松村眞介 販売推進課長の2人も参加。
カレーライスにとってごはんはどういう存在なのか、近年話題のさまざまなお米とともに、「カレーとごはん」の関係を考察していきます。
三菱電機ホーム機器株式会社 家電製品技術部 金井孝博 次長(左)
三菱電機ホーム機器株式会社 営業部
松村眞介 販売推進課長(右)
カレーのごはんは本当に「かため」がいい?
- 編集部
- 日本のトロリとしたカレーとライスの関係は世界的にも稀有だと聞きます。インドでは粘度の少ないサラッとしたカレーだったのが、イギリスを経由して日本に来たら、いつの間にかトロリとした粘度の高いカレーになっていた。カレーとライスの関係において、なぜこうした変化が起きたのでしょうか。
- 水野さん
(以下 敬称略) - もともとインドにおけるカレーって、大きな皿に長粒米が盛られていて、脇に数種類のカレーやお惣菜がある。それを食べる側が自由に混ぜて食べるんです。インドではカレーをかけた長粒米を手で混ぜるとき、練り潰すようにして混ぜる感覚があります。手で徹底的に混ぜてから口に運ぶ。おそらく、口中調味という考え方が薄いんだと思います。
- 金井
- 日本のお米では考えにくい食べ方ですよね。
- 水野
- 日本のお米で同じことをしたら、お米が台なしになると思います。
カレーとライスのプロがそろい踏み
- 編集部
- 長粒米に比べて甘味と粘りの強い日本のごはんだからこそ、日本のカレーは独特の進化をした、と。
- 水野
- そうですね。そもそも長粒米とジャポニカ米では立ち位置が違うと考えています。僕はカレーの世界では「日本のカレー」をベースに活動しているから、ごはんとカレーの関係についてもよく聞かれるんですが、多いのは「やっぱりかたく炊いた方がいいんですよね?」という質問です。その理由に「インドの米はパラッとしてる」とか「かたいほうがカレーの水分を吸ってちょうどよくなる」と言われがちですが、そもそもお米の性質が違いますよね。
- 松村
- 何を指して「かため」と呼ぶかにもよると思います。おそらく多いのは「水分を減らす」という酢飯のような炊き方だと思うんですが、カレーの場合「かため」にしたいからといって水分を減らすのはおすすめできません。
- 水野
- 僕はごはん単体でベストの状態のほうがいいと考えているんですが。
- 松村
- そうですね。われわれも「かため」、別の言い方をすると「粘り少なめ」の炊き方をおすすめしていますが、実は、「かため」も「やわらかめ」も、適正な水分量は基本的には同じなんです。
- 水野
- 同じ水分量でやわらかさを調整できるんですか!?
- 金井
- 加熱していくカーブを変えるんです。なぜなら、加熱時に水に溶け出す米のデンプンが多ければ、炊きあがり時の粘りは強くなるし、少なければ粘りも弱くなるからなんです。
- 松村
- つまり、水加減で炊きあがりをコントロールしようとすると、うまくいかないんですよ。
- 水野
- なるほど! 水加減ではなく、火力でコントロールするというのは納得できます。僕は「かため」がいいならバスマティライスでいいじゃないかと思ってしまいます。お米ごとに最適な炊き方は少しずつ違っていて、同じお米でも好みやその後の調理法によって、最適な炊き方がある、と。
「かたさを水加減で調節するのはNG」
- 金井
- 日本のお米の種類もずいぶん増えました。いまは産地の数よりもお米の銘柄の方が多いくらい。ただそれはわれわれ電機メーカーが「炊き分け」のおいしさを提案しきれなかった間に、お米の方が進化したということなのかもしれません。
- 水野
- 素材と技術にはそういう関係がありますよね。どちらかが伸びるときには片方が停滞するし、逆もそう。同時に素材と技術が進化するということは、あまりない気がします。
水野仁輔さん流、カレーに合うお米とは?
- 松村
- 水野さんがふだんカレーライスを作るときには、どんなお米を使われるんですか。
- 水野
- いろいろです。ジャポニカ米だと「つや姫」を中心に2~3種類。玄米を使うこともありますね。長粒米はバスマティ、ジャスミン、それにクリアな味のものの3種を使い分けます。ジャポニカと長粒米をブレンドすることもあります。例えばバスマティだけだと香りはいいけど、少しパサつく。ジャポニカ米だけだど、おいしいけど重く感じることもある。そういうときには、ジャポニカ米に3分の1くらいバスマティを加えたりします。
「お米はいろいろ使い分けます」
- 松村
- 同じお米でも、炊飯器を変えると驚くほど炊き上がりが変わることがあるんです。弊社の炊飯器は、圧力をかけない方式なんです。圧力をかけると“時短”にはなりますが、どうしてもおいしさがいまひとつ……。特に冷めたときにお団子状になったり、パサつきがちなので、7年前から弊社の炊飯器は圧力式を採用していません。
- 水野
- そういえば、僕も圧力鍋は使いませんね。圧力をかけると、どこか味が変わってしまう気がして。
- 金井
- 本来、羽釜や土鍋も圧力はかけませんよね。
- 水野
- 最近は土鍋主義の方もいらっしゃいますよね。以前から気になっていたんですが、土鍋って本当においしく炊けますか?
- 金井
- 直火で炊飯をするなら、土鍋は細かい温度調整をしなくても失敗しにくい道具だと思います。その意味ではおいしく炊けると言っていいんじゃないでしょうか。
- 松村
- ただ、本当においしい昔のかまど炊きに比べると、陶器だからどうしても温度の立ち上がりが弱くて、やわらかい炊きあがりになりやすい。浸漬――吸水をきちんとさせたお米を炊くときには、一気に熱を上げるのが大事なんです。
- 水野
- 吸水しながら炊くか、吸水させてから炊くかでも、最適な加熱のカーブは変わるんですね。
- 金井
- いまの炊飯器は浸漬させずに炊くというのが基本設定になっています。吸水させながら少しずつ温度を上げて、吸水後にガッと火を強くする加熱パターンですね。
- 水野
- 先日、実家の両親に小さな炊飯器をプレゼントしようと家電量販店で相談をしたら、「最近の炊飯器は、内釜の質で決まる」「釜がよければおいしく炊けます」と言われて、いまひとつどういうことかわからなかったんですが……。
「電気炊飯器は温度コントロールがキモ」
- 金井
- うちの「本炭釜」にも関係ある話ですね。炊飯を突き詰めて考えると、温度のコントロールがどれだけできるかということに行き着きます。電気炊飯器の場合、温度のコントロールは釜の外側で行いますので、内釜はできる限り熱伝導がいいものが望ましい。設計した温度のとおりに、釜に伝わってくれますから。しかも接したところだけでなく、釜全体からお米全体へと伝わる輻射熱も期待できる。
- 水野
- 輻射熱――遠赤外線ですね。インド料理でも輻射熱を使う「タンドール」という土釜があるので、仕組みはなんとなくわかります。ちなみに三菱の炊飯器には温度を感知するセンサーはついているんですか?
- 金井
- エントリーモデルだと1か所、中級機以上だと、釜の上下に計2か所のセンサーがあります。50種類のお米を炊き分けるには、細かい温度管理が必要になりますから。
- 水野
- えっ、50種類のお米が炊き分けられるんですか!?
- 松村
- 基本的な成分組成、お米一粒の重さ、サイズなど、品種によって千差万別ですから。今日はいろんなカレーに合いそうな、タイプの違うお米を4種類用意しました。俗にカレーに合うと言われる「ササニシキ」、粘りと甘みの代表格の「ミルキークイーン」。それに粒感がよくしっかりした食感の「雪若丸」と「新之助」です。
特徴の異なる4つのお米で試食
用意したお米の食感マップ
- 水野
- この4種類のお米を先程(前回)作ったスパイスカレーと、ルウスパイスカレーの2種類に合わせるわけですね。
- 編集部
- みなさん、召し上がる前の予想としてはどういう組み合わせが良さそうだと思われますか?
- 松村
- スパイスカレーには、かための雪若丸が合うんじゃないかな。もっちりしたミルキークイーンは合わない気がする。
- 金井
- 同じく。スパイスカレーには新之助も良さそうですね。ミルキークイーンはルウの方に合いそうな……。
- 水野
- お米の種類と細かい特徴がよくわかりません(笑)
- 松村
- じゃあ試していただきましょう。試しに水野さん、しゃもじで切り混ぜていただいてもいいですか? おそらくしゃもじの入りが軽く感じると思います。
炊き立ての4銘柄をチェック
- 水野
- 本当だ。言われてみると軽い感じがします。
- 金井
- いくつか理由はあるのですが、銘柄ごとにしっかり炊き分けられているのと、圧力をかけていないので、お米が持っている旨みが外に逃げないからなんです。旨みが外に逃げると、余計なベタつきやねばつきの原因になるんです。
いざ実食!カレーに適したお米はどれ?
- 編集部
- さあそれでは実食です!
- 全員
- いただきます!
- 水野
- ミルキークイーンとササニシキの違いは、すごくわかりやすいですね。なるほど、ジャポニカでも粘りが強いお米とさっぱりしたお米でこんなに変わるのか……。
- 金井
- 個人的には雪若丸にスパイスカレーがすごくいいですね。逆にミルキークイーンは合わない。
- 水野
- 僕もこの組み合わせは苦手かも……。
- 松村
- えっ。スパイスカレーにミルキークイーン、僕は好きですよ! ごはんのもちもちしたおいしさがはっきりしていて。逆にルウカレーにさっぱりしたササニシキはちょっとさみしい感じがするなあ。
- 水野
- さすが、お米中心の感想ですね(笑)。でも確かにルウカレーでササニシキは寂しい印象があります。ササニシキはインドのバスマティに近いですね。少し物足りなくらいが、スパイスカレーには合う。家で食べるならササニシキかな。イベントで出すなら、おいしさの伝わりやすい雪若丸や新之助を選ぶと思います。
それぞれ好みが別れる結果に
- 金井
- ルウカレーに合わせるとミルキークイーン、断然よくなりますね。
- 編集部
- ではそろそろ、みなさんの結論をどうぞ!
- 松村
- うーん。あれこれ食べると悩ましいなあ……。
- 水野
- 決めました。スパイスカレーはササニシキ、ルウカレーはミルキークイーン。カレーとライスのバランスを重視しました。カレーの粘度とごはんの粘りがちょうどいい組み合わせを選びました。
- 金井
- 僕はスパイスカレーに雪若丸。ルウカレーにササニシキ。コントラストが楽しい組み合わせを選んでみました。ルウとササニシキ、意外と面白いです。
- 松村
- では僕がスパイスカレーにミルキークイーンを合わせましょう(笑)。まだスパイスカレーを食べ慣れていないせいもあってか、さらさらしたカレーをミルキークイーンのもっちりした食べごたえで補完してほしくなる。ルウカレーは、バランスのいい雪若丸がいいですね。
- 水野
- プラスとプラスで特長を強調するか、プラスとマイナスで全体のバランスを整えるか、好みが分かれますね。僕はどんな組み合わせが一番かというのは、それぞれあって良いと思っています。でもこういう実験、楽しいですね。
「どんな組み合わせが一番かは、それぞれあっていい」
国民食だってもっと可能性は広がる
- 編集部
- そう言っていただけると、我々もうれしいです! では最後みなさん、に本日の総括をお願いします。家で食事が作る機会が減りつつあるいま、家庭での食は、そしてカレーはどうなって行くのでしょうか。
- 松村
- メーカーという僕らの立場からすると、米飯の可能性を広げたいですよね。先日、ごはんの食べ比べイベントを開催したんですが、ササニシキと鮨、つや姫と塩鮭というような定番の確認はもちろん、意外にもコシヒカリがビーフシチューと合うという発見もありました。まだ見ぬ“相性の良い組み合わせ”がたくさんあるということをわれわれも学びつつ、提案していきたいですね。
- 金井
- 今回試していただいた4種類のうち、雪若丸と新之助は最近開発された品種なんです。このところ毎年のように各県の農業試験場からおいしいお米が登場していますが、実は食味がよくてきちんと育つ新品種って本当に奇跡的な確率しか生まれてこない。そんなお米の持ち味を最大限に引き出すことのできる炊飯器をこれからも作り続けていきたいですね。
- 水野
- カレーライスのカレーとライスって個別に見ると、要素が超シンプルなごはんと、要素が無限とも言えるカレーという不思議な組み合わせですよね。ところがシンプルなはずの4種類のごはんを試しただけでこんなにも味の幅が広がる。今日の組み合わせだとササニシキとスパイスカレーという引き算同士のカレーなどは、日本人が「おいしい」と感じる組み合わせだと思うんです。「ちょい足し」に象徴されるように日本の家庭のカレーはずっと足し算で組み立てられる料理だと思われてきました。でも家庭で思い切って引き算のカレーを作ると、きっと世界が変わります。たぶん思いのほか、簡単ですよ。
カレーとごはんは日本の食卓に欠かせないもの。さまざまな特徴のお米が手に入るようになった現代だからこそ、あらためてカレーとごはんの関係を考えてみました。家庭の数だけあるカレーのレシピに合う、最高のお米もきっとあるはず。カレーの作り方にお米選び、そして炊飯の方法まで、たまには見直してみると、食卓が豊かになるかもしれません。
取材・文/松浦達也 撮影/魚本勝之
2019.12.03