#14 ― 白飯の源、かまど炊きごはん篇
「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されてから数年が経ちます。
「このままでは衰退する可能性がある食文化」とされた和食は、あれから歩みを前へと進めることができたのでしょうか。
2021年に創立100周年を迎えた三菱電機は、日本の暮らしとともに歩み続けてきました。
これからも家電メーカーとして日本の食文化に寄り添っていくために、
この100年間の日本人の食卓、そして家電の歩みを振り返り、次なる100年を考えていきます。
和食シリーズ第4弾「日本人の食卓―100年の歩みを辿る」の第14回のテーマは、前回に引き続き和食の柱「ごはん」。かまどでごはんを炊き、ごはんが食卓の中心にあった当時は、どんな食生活だったのでしょうか。神奈川県開成町にある江戸時代の農村生活を伝える歴史文化遺産「あしがり郷 瀬戸屋敷」に伺いました。
ご案内いただいたのは、
坪井美津子さん
神奈川県南足柄市出身。かやぶき屋根の家に生まれ育ち、小学校低学年の頃、身重の母親に代わって羽釜でごはんを炊き始める。1971(昭和46)年に開成町の農家に嫁いだ後も、羽釜でごはんを炊く。現在では、かまど炊きは卒業したが、かまど自体はまだ健在で、"おこげ"の有無なども自在にコントロールする、開成町の炊飯名人。
「和食」が無形文化遺産になってから、「和食」の定義はますますスケールの大きなものになっています。しかし翻って考えたとき、日本人が日常で口にするものや、普段の食生活はこの数十年で大きく変わりました。かまどがガス炊飯器になり、さらに電気炊飯器へとライフスタイルが変化する中で、私たちは何を手にし、何を失いつつあるのでしょうか。
昔、ごはんを炊くのは朝だけだった
- 編集部
- 日本人の「食」はこの数十年、特に第二次世界大戦後、大きく変わりました。とりわけ神奈川県のような首都圏の郊外にあたる地域は、食生活を含めて暮らし向きが大きく変わったと聞いています。
- 坪井さん
(以下 敬称略) - 私が生まれたのは終戦した1945(昭和20)年です。南足柄のかやぶき屋根の一軒家――。まさにここのような古民家に生まれて、小学校の低学年くらいまではその家に住んでいました。もちろん炊飯はかまどと羽釜の組み合わせです。
瀬戸屋敷で今も回る水車
- 編集部
- このあたりだと、当時の主食はやはり米飯でしたか?
- 坪井
- 足柄や開成町のあたりはお米が穫れたから、白米が主食でしたね。少なくとも食べるものには困らない地域だったとは思います。ごはんを炊くのは朝の1回だけ。朝は炊きたてを食べて、残りをおひつで保存。3食分ですから、一升か二升くらいは炊いていたと思います。
かまどと羽釜による炊飯
- 編集部
- 朝、昼、晩とどんなものを召し上がっていらしたのでしょう。
- 坪井
- 朝は白米に、近所で採れた根菜類の味噌汁、それに漬け物がつきました。海苔がつくときもあったし、このあたりだと早川港に揚がった魚の煮つけや揚げたてのさつま揚げがつくことも。まだ当時は、各自がお膳で食べていましたね。
- 編集部
- 朝からかなり豪華な献立のようにも思えます。
- 坪井
- 一度に全部なんか出ません(笑)。基本は、一汁一菜です。お昼は私の家のほうだとうどんでした。秦野の方の知り合いは麺類はそばだったと言っていました。うちの方では麦も作っていましたから、粉屋さんに挽いてもらってうどんにしていたんですね。具はやっぱり根菜類。お弁当が必要なときは、日の丸弁当にお漬物という感じ。夜は朝と似ていますけど、お雑炊のときもありました。
- 編集部
- 夜に雑炊というのは何か特別な理由があるのでしょうか。
- 坪井
- 夏場などはおひつに入れておいても朝から晩まで置いておくと、ちょっと匂うようになってしまう。そこで水で洗って、匂いを落としたものをごはんにする。だから、雑炊やお茶漬けのように、具を入れたり、味をつけたりするんです。
- 編集部
- そのほか、思い出深い献立はありますか?
1971年に開成町に嫁いだ坪井さんと、1974年南足柄町に嫁いて1985年に開成町に越してきた遠藤敦子さん。
- 坪井
- 思い出深いのは「かてめし」ですね。このあたりだと、にんじんやごぼう、しいたけを甘辛く煮つけて、飼っている鶏の卵で卵焼きを作って最後に乗せる。「ケのハレ」くらいの、日常のちょっとしたごちそうでした。そのごはんが酢飯になると、ちらし寿司になって本当の「ハレ」のごちそうになります。
「炊飯」を教えてくれたのは父でした
- 編集部
- 当時、ごはんを炊くのは誰の仕事でしたか。
- 坪井
- やっぱり主に母親ですね。ただ、当時の子供たちは家事を手伝うのが当たり前でした。母親は出産後、しばらくは赤ん坊の面倒を見なくちゃならない。長女だった私が、「めし炊き」を担当する時期がありました。最初は小学校低学年の頃でした。
- 編集部
- 炊き方はお母様に教えていただいたのですか?
- 坪井
- いえ、父ですね。「はじめチョロチョロ~」という言い回しを教えてもらって、あとは父の指示で私が炊くんです。「ここで薪を入れなさい」「吹いてきたら、火を弱くしなさい」とか。
めし炊きは子供たちもお手伝い
- 編集部
- 炊飯の仕組みをご存じだったお父様が横について教えてくださったのですね。では実際にお米を研ぐところからお願いできますか。
- 坪井
- 今日は召し上がる方が7名ですから、7合ですね。2升炊きの羽釜だとわりと炊きやすい量だと思います。羽釜のサイズに対して少なすぎると、水加減が少し難しくなります。お米を「研ぐ」と言っても、いまは昔のように水が透き通るまでゴシゴシ研がなくてもいいと思います。
- 編集部
- 精米の技術が上がったり、お米の保存状態がよくなったりもしていますものね。
- 坪井
- そうですね。何度か洗ったら、水に漬けます。品種はこのあたりで作付けされている「はるみ」か「キヌヒカリ」が多いですね。今日は「はるみ」です。
- 編集部
- 「はるみ」はコシヒカリとキヌヒカリをかけ合わせた比較的新しい品種ですよね。
- 坪井
- そうですね。研ぎ終えたら、研ぐ前のお米の1.2倍のかさの水でしばらく浸漬させておきます。
米をゴシゴシ研ぐのは時代遅れ
- 編集部
- そろそろ1時間になります。
- 坪井
- では、炊きましょう。まずは「はじめチョロチョロ」ですね。燃えやすい小枝や細い竹をかまどの中にある程度入れておいて、新聞紙にマッチで火をつけます。時折、学校の先生が見学に来るんですが、驚いたことにマッチのことを知らない先生がいらっしゃるんですよ。
- 編集部
- えっ。マッチを知らない……? 擦ったことがない、ではなく?
- 坪井
- 着火用のライターはご存知でしたが、生活のなかで触れてらっしゃらないんでしょうね。もちろん着火用のライターでも構いません。森本くーん、お願いします!
- 森本
- はーい。最初の着火のとき、油分を含んだ竹を細く割ったものがあると、太い薪に火をつけるのに便利ですね。そしてかまどの中全体に火が回るよう、火吹き棒を吹いてかまどの中に空気を送り込みます。全体に火を均等に回しながら、酸素も送るというふたつの役割を果たしています。火がしっかり着火している部分から、着火していない方向へと吹くのがコツですね。
施設管理からイベント企画まであれこれ担当の森本健介さん。年間、数十回はこの羽釜でごはんを炊く。
- 編集部
- これで「中パッパ」の状態を作るわけですね。
- 坪井
- そうです。全体に火が回った上で、ちょうど炉の口から少しだけ炎が帰ってくるくらいの火の量ですね。太い薪だと全体の火力が安定します。
- 編集部
- あまり知られていませんが、「中パッパ」のあとに「ジュウジュウ吹いたら火を引いて」という一節が加わったりもしますよね。
- 坪井
- 実際、羽釜のフチから吹きこぼれてたら火を弱くするタイミングです。細かくは吹き方や香り、音などでも確かめたいところで、ここの加減が腕の見せどころですが、二升炊きの羽釜で一升炊くくらいの量ならそんなに失敗はしません。学校の生徒さんはもちろん先生もかまどのごはんはほとんど食べたことがないようで、「おいしいおいしい」とたくさん食べてくれるのがうれしいですね。
かまどとIH、それぞれの利点と弱点
- 編集部
- おいしいかまどのごはんは、つい食べすぎてしまうのですが、いつ頃までかまどでごはんを炊いていましたか?
- 坪井
- うちでは私が小学校4年生くらいだったと思います。昭和30年くらいにガス釜に切り替えていましたね。ガス釜でも最初はおひつに移していました。高校を卒業するときに、電気釜が出回るようになって、その頃電気釜に代えたような気がします。ただ、当時の電気釜はあんまり……。
- 編集部
- そういう声は聞きますよね。実は最近のIH制御の電気炊飯器はかまどに遜色ないくらいに炊ける製品もあるのですが、農家さんでも初期の電気釜のイメージがあるからか、ずっとガス派という方もいらっしゃいます。
- 坪井
- IHと言えば母親の介護をしていたとき、2口コンロをIHに替えたことがあるんです。「難しいかな?」とおそるおそる導入したんですが、高齢でも思いのほか簡単に使えたのを思い出しました。でも昔のやり方も知っていて損はないですよね。かまどで上手に炊けるようになれば、おいしいごはんの炊き方がわかりますから。IHの炊飯器も最近はすごくおいしいと聞きます。今度試してみたいですね。さあ、かまどのごはんも炊けましたよ!
蓋を開けると立ち上ぼる湯気
まずはしゃもじで十字に切って……
1/4ずつ天地を返す
粒がしっかりとたっている
- 編集部
- うわぁ……。おいしそう! いただきます! ……。おお。お米一粒一粒がしっかり立っていて、噛むほどに甘みとうまみがじわじわと膨らんでいきますね。これはおいしい!
- 坪井
- はい。横の釜で蒸した地野菜もどうぞ。私たちが仕込んだ味噌もつけてね。
- 編集部
- 野菜も味が濃くて、味噌も味が深いですね。あの……。おかわりください!
贅沢なかまどごはんと蒸し野菜
いまではかまどのようなごはんを、より簡単に炊けるようになりましたが、広間で車座になって食事をするような機会はずいぶんと少なくなりました。かやぶき屋根の古民家の本格的なかまどで薪を使って炊いたごはんの味は本当に格別でした。坪井さんたちが炊く、見事に立ったお米の佇まいは、炊飯技術の賜物。ピカピカの白米に漬け物を乗せたら、もう何杯でも食べられちゃいそう。思わず「そうそう。こういうのがいいんだよ」と言いたくなってしまいました。
取材・文/松浦達也 撮影/魚本勝之
2020.03.26