和食シリーズ企画第四弾 日本人の食卓―100年の歩みを辿る和食シリーズ企画第四弾 日本人の食卓―100年の歩みを辿る

#15 ― 知っておきたい和食のマナー篇

「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されてから数年が経ちます。
「このままでは衰退する可能性がある食文化」とされた和食は、あれから歩みを前へと進めることができたのでしょうか。
2021年に創立100周年を迎えた三菱電機は、日本の暮らしとともに歩み続けてきました。
これからも家電メーカーとして日本の食文化に寄り添っていくために、
この100年間の日本人の食卓、そして家電の歩みを振り返り、次なる100年を考えていきます。

和食シリーズ第4弾「日本人の食卓―100年の歩みを辿る」の第15回のテーマは、和食にまつわるマナー。家庭で食卓を囲む機会が増えたり、誰と食事をするかも、慎重に考えたくなる今、あらためて正しい和食のマナーに注目が集まっています。
「自分は大丈夫」と思いたいけど、実際はちょっと不安、という方も多いのではないでしょうか。この機会に正しく、美しい食事のお作法をおさらいしてみませんか?

ご案内いただいたのは、
小倉朋子さん

トータルフードプロデューサー。飲食店のコンサルティング、メニュー戦略開発ほか、諸外国の食事マナー含め、食についての造形が深い。食について広い視野を持ち、強く美しく生きて開運を導く教室「食輝塾」を主宰する。亜細亜大学・東京成徳大学講師。日本箸文化協会代表。『世界一美しい食べ方のマナー』、『いただきますを忘れた日本人』など著書多数。

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世界的にも稀有な和食のマナーの成り立ち

編集部
家庭で食事をする機会が増え、あらためて食事のマナーに注目が集まっているようです。日本における和食のマナーは、諸外国の食事のマナーとは違って独特の禁忌やタブーがありますね。そもそも和食のマナーはどういう成り立ちなのでしょうか。
小倉さん
(以下 敬称略)
例えば西洋のテーブルマナーは、もともと貴族などの上流階級から確立されていったもので、他者に対する「見栄」もマナーのひとつになっています。一方で日本のマナーは万物に神が宿るという日本独特の宗教観が土台になっています。世界でも稀有な成り立ちですね。
編集部
「お米一粒に七人の神様が宿る」とも言います。
小倉
そうです。日本ではお米はもちろん、箸にも神様が宿ると考えられていました。日本における箸とは神様がお使いになる神器(じんぎ)から始まっています。お米を象徴とする食べ物は、本来すべて神聖な自然界のもの。それを私達が分けていただく。和食のマナーの根底には、そうした日本人の姿勢のようなものが流れています。

美しい箸の持ち方

美しい箸の持ち方は意外と難しい。箸を持った指先は箸の長さの1/3あたりに固定し、動かすのは上の箸のみ、食べ物を触るのも基本的には箸先3cmのみと心得たい。

編集部
箸の置き方も、中華圏や韓国ではカトラリーに合わせるなどして、縦置きに変化したと言いますが、長く箸だけを使ってきた日本では「横置きのみ」というマナーですね。
小倉
箸の横置きは、いまや日本独特とも言える様式ですね。解釈としては、料理のある箸の向こう側は神聖な神様の領域で、手前側の私たち人間側との間に一線を引く「結界」として箸があるという考え方です。その箸を持ち上げることで結界が解け、私たちが自然の命からなる食事をいただくことができる。ご飯が左で、味噌汁を置く位置が右側というのにも明確な理由があります。日本は「左上位」の国ですから、食の根幹となるお米がまず左に配される。


ご飯がすべての中心

和食では、ご飯がすべての中心であり基本。左側に置けば、常に左手でご飯を持つことができる。


ご飯を右に置くと

主役のはずのご飯を右に置くと、左手でご飯が持ちづらくなる。汁物はご飯と違って長時間手で持つわけではないので、左側に置く必然性は薄い。

編集部
左上位とは「左大臣」「右大臣」のように、当事者側から見て左側を上位・高位とする考え方ですね。
小倉
そうです。なので食べ手から見て左側にご飯を置く。右にはその相方となる味噌汁を置く。日本人にとって大切な米を左手で持ちやすい場所に置き、右に味噌汁、奥側に主菜や副菜を配する。こうした和食の配膳の基本形には意味があるんです。国内でも一部地域では、利便性を優先させた結果、異なる位置に椀を配置する地域がありますが、本来はあまり好ましいとは言えません。
編集部
関西などでは汁椀を左奥――ご飯の向こう側に置いたりもしますよね。
小倉
和食のマナーの成り立ちは、単なる利便性とはまったく違う宗教観という文脈が土台となっています。そもそもの和食の成り立ちを考えると、地域に関わらず「ご飯は左、汁は右」としていただいた方が、良きものではあると思います。ともに食卓を囲む相手を通じて食の中に神様を見いだす。翻って言えば、食のなかに神を見いだすことは、相手を尊重することにもつながります。結果的に「相手に嫌悪感を抱かせない」面もあると思います。

箸の禁忌が生まれた理由

編集部
例えば「嫌い箸」「忌み箸」と言われる箸使いの禁忌などには、宗教観だけでなく気遣いを大切にした結果、明確になったマナーもありそうです。
小倉
「指し箸」などもそうかもしれませんね。特に目上の方が目下の人に指図するときにしてしまいがちですが、無自覚にやっている方も少なくありません。刃物を人に向けるのと似たような印象を与えてしまいますし、箸についた汁も飛びかねません。持ち方だけでなくマナーまで含めてきれいに箸を扱える方は、意外と少ない。長年の経験則からみて、全体の2割もいないのではないでしょうか。


指し箸

食事中に箸で人や物を指す行為。そもそも指で人を指すことさえ、礼を失しているのですから箸ならなおさらです。


刺し箸

突き箸とも言う。食べ物に箸を突き刺して食べること。火の通りを確かめているようにも見えて、料理を作る人にも失礼にあたります。


振り上げ箸

手の甲よりも箸先を上に振り上げる動作のこと。箸先を上げていいのは自分に向けてのみ。食べ物を口に運ぶときだけです。


渡し箸

食事中に、箸を食器の上に渡して置くこと。料理の上をまたぐ失礼に加え、「三途の川を渡す」という縁起の悪さも隠喩。「もういりません」という意味にもなってしまう。

小倉
皿や小鉢の上に箸を置いてしまう「渡し箸」も目につきます。料理の上をまたぐのも失礼ですし、「三途の川を渡す」という意味にも通じます。
編集部
「目につく」ということは、マナー違反だとは気づかずやってしまっているのでしょうか。
小倉
そういう方も多いと思います。こうした日常の動作にまつわるマナーは、自身で思うよりもできていないケースが多いんです。例えば「手皿」もそう。皿自体を持てばいい場面なのに、左手を手皿にして料理を口元まで持ってきしまう人もたくさんおられますよね。本来、主菜を乗せた皿以外はすべて手で持って構わないのですが、つい手皿で受けてしまったり、それがマナーだと思っている人も少なくありません。

手皿

箸に持った食べ物から垂れた汁などが手についてしまう。和食では手に乗るくらいの大きさのうつわは、持って食べるのがマナー。

編集部
ほかにもその動作がいいか悪いか、整理しにくい場面はありますよね。例えば、左手にうつわを持ったまま、箸の上げ下ろしをするときはどうしたらいいのでしょう。
小倉
箸やうつわの上げ下ろしは本来、両手で行うものです。左手にうつわを持ったまま箸を持つときには、上から右手で箸を持って左手のうつわの底を持つ指にいったん預けて、右手を箸の下側に回して持ち直します。うつわも両手で持ち上げて、左手の手のひらに乗せたら、親指を縁に添えてしっかりと持ちます。下ろすときにはこの逆の順番です。この手順を意識するだけで、食卓での動作はとても美しくなりますよ。

両手でうつわを持ち上げた後、右手で箸頭(はしがしら)を持つ。

うつわを持った左手のうつわの底を支える指で、箸の中央あたりを支える。

上から箸を持っていた右手を、箸の上を右の方へと滑らせ、箸の下から持ち直す。

持ち換え完了。箸を置くときは逆の順番で。

身につければ日常の振る舞いも美しく

編集部
この100年の食卓の風景は、銘々膳の時代から、ちゃぶ台の時代を経て、戦後に椅子とテーブルの時代へと生活習慣が目まぐるしく変化しました。そうした食環境の変化も、マナーの後退につながっているのでしょうか。
小倉
お膳とちゃぶ台、テーブルでは座り方や高さも違います。加えて、昔のように銘々膳に一人前ずつ盛るのではなく、大皿で提供して、それぞれが自分の皿に取るようにもなりました。1970年以降の外食や中食の隆盛によって、ハンバーガーのように手づかみで食べられるものも増えてきましたし、食べ物も食べ方も多様化してします。その結果、どう振る舞ったらいいか迷う場面が増えたのでしょう。誰に聞いたらいいいのかわからないまま、マナーの継承がなされなくなり、今も困っているという方はいらっしゃいます。
編集部
最近の人たちに、食のマナー意識の変化はありますか?
小倉
実は最近、若い方にマナーに対する意識の高まりを感じています。10年ほど前までは食事の場面で、自分だけのオリジナルのマナーを振りかざす方が増えたような印象もあったんですが、その当時の反動か、最近「マナーを学びたい」という方が増えています。
編集部
どういう方が多いですか?
小倉
30~40代の方が多いでしょうか。社交の場でご自身が「恥をかきたくない」という方もいらっしゃいますし、「子どもにきちんと教えられるように、きちんとしておきたい」という方もおられます。和食におけるマナーが持つ意味合いは、食卓の上にとどまりません。身につければ、日常の振る舞いが美しくなります。料理を通して神様を敬うということが、しらずしらずのうちにともに食事をする人たちや、その先にいる他者や社会を尊重することにもつながっているのです。
編集部
他者と食事の場で交流をするのが難しい今だからこそ、食を通じて他者への気遣いを見直してみる。自分の習慣をアップデートする。そうした内省的な姿勢こそが、和食のマナーの真髄と言えるのかもしれませんね。

とりわけ今は「共に食事をする」ことに一定の難しさがある時代です。相手を選んで食卓を囲むことが多いからこそ、他者に対する気遣いの象徴とも言える、和食のマナーを身につけたい――。現代社会で、和食のマナーに光が当たるのは、ある意味必然と言えるのかもしれません。

取材・文/松浦達也 イラスト/茅野なおみ 撮影/魚本勝之
2021.11.02

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