和食シリーズ企画第四弾 日本人の食卓―100年の歩みを辿る和食シリーズ企画第四弾 日本人の食卓―100年の歩みを辿る

#17 ― パンと日本人篇

「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されてから数年が経ちます。
「このままでは衰退する可能性がある食文化」とされた和食は、あれから歩みを前へと進めることができたのでしょうか。
2021年に創立100周年を迎えた三菱電機は、日本の暮らしとともに歩み続けてきました。
これからも家電メーカーとして日本の食文化に寄り添っていくために、
この100年間の日本人の食卓、そして家電の歩みを振り返り、次なる100年を考えていきます。

和食シリーズ第4弾「日本人の食卓―100年の歩みを辿る」。第17回のテーマは、戦後に日本人の食生活を大きく変えた「パン」。食パン、惣菜パン、菓子パンにサンドイッチなどバラエティ豊かで、最近では「ごはんよりもパンが好き」という人もいます。日本人にとっての「これまでのパン」と「これからのパン」とは? 和食という食文化と、パン食文化の関係性をひもといていきます。

ご案内いただいたのは、
木村周一郎さん

株式会社 ブーランジェリーエリックカイザージャポン代表取締役社長。1969年「銀座 木村屋總本店」の創業家に生まれる。アメリカ国立パン研究所、パリ・メゾンカイザーなどで修業の後、2000年に帰国し、エリックカイザージャポンを設立。国内にブーランジェリー(パン店の意味)として「メゾンカイザー」のほか、カフェ業態の「&COFFEE」も展開する。

長い時間をかけて少しづつ定着してきたパン

編集部
日本の食卓はこの100年間でとても多様になりました。かつては贅沢品だった海外の食も一般の人の手にも届くようになり、生活に密着したものになっています。そして、主食ということで言えば、米の消費が落ち込んでいる一方で、いまやパンは日本人の食生活に欠かせないものになったような印象があります。
木村さん
(以下敬称略)
確かにパンは日本の食卓にずいぶん定着しました。その一方でまだまだ米は日本人にとって主食であり、特別な食べ物だと思います。米の消費量自体は、確かに落ち込んでいるかもしれませんが、総務省の家計調査における「米」とは生米を指しているので、コンビニのおにぎりやお弁当、レトルトのごはんなどは含まれていません。巷で言われているほど、日本人がごはんを食べなくなり、パンが取って代わったということではないと思いますね。

木村周一郎さん。日本にメゾンカイザーを
立ち上げ、20年以上が経つ

編集部
パンはじわじわと消費量を増やし続けてはいるけど、急にみんなが食べるようになって、米食を逆転した、というわけではないということですね。
木村
そうですね。本当に長い時間をかけてじわじわと定着してきたのがパン食だと思います。1543年の鉄砲伝来とともにポルトガルから伝わって以降、江戸時代には長崎の出島でのみ細々と作られていましたが、当時はイーストではなくサワー種という酵母を使っていました。それが明治時代になって、私の祖先がまんじゅうの応用で麹の酒種を採用して、酒種酵母による、日本の甘いパンが生まれたわけです。
編集部
あんぱんを始め、木村屋總本店は日本独自のパンをたくさん生み出されましたよね。

フランスのトラディショナルな
パンにも日本の旬を織り込む

木村
先人のさまざまなチャレンジの賜物ですね。現在でも食べ続けられているパンが多いということは、それだけたくさんの試行錯誤があったということだと思います。

学校給食でパンに馴染んだ戦後の日本人

編集部
戦後、アメリカから小麦が大量に入ってきたことで、パン食の普及が進んだと言われています。
木村
何より学校給食にパンが採用された影響が大きかったと思います。日本のパンの歴史上、もっとも急速にパンが普及した時期と言っていいのではないでしょうか。ただ、それ以降のパンは、ずっとじわじわ増えるかどうかという広まり方で、絶好のチャンスだったバブルのときも、普及拡大に失敗しています。当時、パンの代わりに時流に乗って普及・発展したのが、イタリア料理だと考えています。
編集部
日本におけるイタリア料理は、1960年創業の六本木 飯倉のキャンティが先鞭をつけ、1970年代にはいまをときめくサイゼリヤが法人化し、多店舗展開をスタート。1978年にはカプリチョーザも創業されるなど、バブル景気以前の時点でイタリア料理を提供する飲食店が数多く立ち上げられていました。
木村
キャンティのような高級店が憧れのライフスタイルを提案し、比較的廉価な業態がチェーンで参入して定着し始めた頃で、時流にも合っていましたよね。かたや、その当時のパンと言えば、ちょっと忙しいときのワンハンドスナックであり、袋に入った惣菜パンや菓子パンでした。
編集部
そんな「じわじわとしか広がらない」状況が続いていた中で、2001年にメゾンカイザー第1号店(高輪本店)を開業されたのは、本格的なパンの普及を目指してのことだったのでしょうか。
木村
そうです。イースト発酵のやわらかいパンや、酒種酵母の甘やかな味わいだけでなく、小麦の香り豊かで香ばしい、伝統的な味わいのパンが食卓に並ぶような食生活を日本に広めたいと思いました。白金高輪に1号店ができてから、近隣のスーパーの棚割りが変わり、ワインやチーズの売り場が質量ともに拡充されました。町という単位で暮らしが変わるのを目の当たりにして、生活様式が変化する手応えを感じましたね。

独自配合の小麦粉 “メゾンカイザー
トラディショナル”を使用したバゲット・モンジュ

伝統を大切にしつつ、脱コンサバで楽しむ

編集部
パンにチーズやワインを合わせるというライフスタイルを伝えていくことは、パン食文化のすそ野を広げることにもつながりますか?
木村
私はそう思います。数百年以上も親しまれ続けた組み合わせですから、相性はもちろん、それぞれのポテンシャルは言うまでもありません。一方でそうした西欧風の食べ方だけでなく、もっと自由にパンを楽しんでほしいと思っています。例えば、バターと海苔の相性を生かして、焼いたパンにバターと海苔の佃煮を乗せるとか。
編集部
バターに海苔の佃煮! それは斬新ですね。
木村
絶対おいしいですよ。フランスには海藻入りのバターもありますし、パンもそもそもは小麦という穀類からできているので、相性が悪いはずはありません。ごはんとの最大の違いは量ですね。日本人にとっての米はメザシやお新香など少ない量のおかずで、たくさんの白米をかきこみ、ごはんでお腹をふくらませることが目的でしたから、役割が少し違うんです。
僕は「パンは消しゴムである」と理解しています。直前に口にしたワインや肉、卵、野菜、バターなどの味を消すのが役割だから、何かと味がぶつかるということがない。
そもそも人間って食文化に対して、とてもコンサバティブ(保守的)な生き物です。以前、生地にホワイトチョコレートを練り込んだパンを作った時に、フランス人のお客様から「君に教えてあげよう。本場フランスのパンは甘くないんだよ」とご指摘いただきました。本当はパリでとてもウケたパンだったんですが(笑)。

パンは職人の手でひとつひとつていねいに仕上げられる

編集部
先ほどの「バターと海苔って斬新」という感想自体コンサバティブだったということですね。
木村
食文化がコンサバティブになりがちなのは、ある意味で当然のことだと思います。しかし、ただの食わず嫌いでは、個人の楽しみの幅も広がりませんし、ましてやコミュニティや国民レベルでの食文化の醸成など望むべくもありません。
僕が小さい頃から、実家のテーブルにはふんだんにパンが並んでいました。食パンはもちろんロールパンにあんぱん、蒸しパン、フランスパンなどがあったのを覚えています。おかずはローストビーフやシチューなど、なんとなく豪華なメニューが好きでしたね。でも、祖父などは魚の寄せ鍋のだしにパンをつけて食べていましたから(笑)。

古き良きパンの味わいを継承しながら
新たなパンの可能性を追求する

編集部
食文化の壁を越えるのは、さほど難しくない気がしてきました。
木村
いま地球上ではさまざまな問題が起きています。環境の変化や政情などで、何かの食材がなくなるようなことになれば、食文化まるごとが消えるという事態にまで発展しかねません。小麦だって昨今の国際情勢で驚くほど値上がりしてしまいました。そうなると雑穀などを入れて、パン粉やパンをかさ上げしていこうという企画が持ち上がるわけです。でも当然ながらただ雑穀を入れてもそのパンは人気にならない。世の中に受け入れられるには、そこに“必然性”という文脈が必要になります。例えば食糧危機といった、いまそこにあるストーリーをより丁寧に、それも僕らに身近な話として伝えることもパンの世界を広げることにつながります。そんなふうに生まれたパンからも、また新たなパンの魅力を感じてもらいたいですね。

日本の主食については、ごはん VS パン というような構図で語られてしまいがちですが、それも世界中の多彩な食を楽しむ日本人らしさ、そして近年の多様性のあらわれなのかもしれません。フランスの伝統的なパンとその文化を広めようと尽力されてきた木村さんが、固定観念を打破すべし、と仰っていたことには、驚きとともにハッとさせられました。毎日の食卓をより自由な発想で楽しみたいですね。

取材・文/松浦達也 撮影/魚本勝之
2022.07.01

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目指したのは、パン焼き窯から取り出した、
「焼きたて食パン」のおいしさ。

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