私の台所
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第十回温かな笑顔に囲まれる場所料理家・脇雅世さん

いきいきとした素材をおいしい食事に変える台所。そんな魔法のようなスペースを、食や料理にまつわるプロフェッショナルはどうデザインし、
どんな風に使っているのでしょう。そこにある道具や収納、使い方は……?さまざまなプロフェッショナルの台所を巡ります。

Profile

脇雅世さん
1955年東京都生まれ。短大卒業後、77年に「ル・コルドン・ブルー・パリ校」に留学し、パリで研鑽を積む。帰国後に料理家として活躍。2014年にはフランス政府から農事功労賞を受勲。著書に「いちばん親切でおいしいIHのクッキング・レシピ」(世界文化社)など著書多数。

料理家の脇雅世さんの台所は3つある。ひとつは1994年にリノベーションしてもう30年使っている東京都内の自宅の台所。ふたつめは同じ建物のフロア違いでスタジオとして使っている料理教室の台所。そして昨年2023年に二拠点生活を始めるにあたり、築100年の京町家をリノベーションした台所だ。

そのいずれもが同じ考え方のもとに組み立てられている。

「ムダな動きをしなくて済むよう、動線を最小限に収めること。普段は皿や鍋が見えないよう、収納スペースを確保すること。そして台所を人が囲めること」

まず動線が最小限で済むこと。下ごしらえ、調理、洗い物までのシームレスな動作には、コンロ、作業台、シンクの順が基本位置。ワークトップの下の収納には使う頻度の高い道具や調味料がぎゅっと詰まっている。

清潔であること、清潔感があることも絶対だ。東京の自宅の台所はもう30年使っているのに、すみずみまで掃除が行き届いていて底光りするような輝きを放っている。「皿にほこりがかかるような開放的な棚が苦手で」、食器や乾物などは棚ごと収納スペースに収められている。

台所の「位置」も大切だ。東京の台所はグレーを基調とした住居も、赤をベースにしたスタジオもどちらもカウンターキッチン。とりわけ住居用は幅が90cmあり、いまは巣立った3人の娘も含めた5人家族用のダイニングテーブルでもあった。

スタジオ用のカウンターキッチンは並びでアシスタントが作業でき、受講生が対面する位置から手順や動作が見やすい作り。京都の台所は壁付けだが、なんとIHコンロがアイランドにもなる可動式だ。どの台所も、人がまわりを囲むことができるようになっている。

プライベートでも仕事でも、相手の顔を見ながら料理をつくり、もりつけるいきいきとしたスタイルは変わらない。

「京都の可動式のコンロはIHだからこそできたスタイルですよね。IH、大好きなんですよ。鍋の中の温度がきちんとわかるし、鍋以外の周囲が不必要に温まったりしない。ガスだったら可動式にはできなかったから、IHのおかげですよね」

子どもの頃から料理が好きだった。気づけば台所に入っては、母の料理を眺めていた。初めての料理の記憶は天ぷら。小学校に入った頃、母の料理の手伝いで揚げ鍋の前を任された。高校生の頃に母が小さな喫茶店を始め、脇さんは喫茶店の厨房に立つようになった。客の注文に応じてサンドイッチやスパゲッティをこしらえ、店で出すクッキーを焼くのが、脇さんの日常になっていた。

「だから私が育った台所のイメージって、昔ながらの家庭の台所というより、喫茶店の印象のほうが強いんです(笑)」

それでも脇さんの台所は母やお客さんなど、いつも人に囲まれていた。それは5人家族が食事をするカウンターキッチンでも、受講生が料理を学ぶスタジオでも、そして夫や友人と過ごす京都のアイランド型IHコンロでも変わらない。脇さんが腕をふるう台所はいつも温かな笑顔の集う場所なのだ。

奥行きの浅い食器棚
「奥行きを深くしても、奥のほうの皿は取り出さなくなっちゃうから」と食器棚の奥行きは大皿1枚分。普段使いは浅い皿が多いので各段の高さは低く、その分棚板の数を多くしつらえてある。
25の引き出し
「通販のカタログを穴が空くほど調べて(笑)」購入した棚にピタリとおさまる引き出し。どこに何が入っているかは脇さんのみぞ知る。インスタントラーメンが入っている引き出しもあるが「それは夫専用引き出しです(笑)」。
IHに最適なフライパン
メーカーと共同開発して作ったIHに最適なフライパン。IHの熱伝導に最適な鋼材を使い、卵2つからでもオムレツが作れる構造に。IHは周辺に余計な熱が逃げないので取っ手も短く収納もしやすい。

家電のデザイナーが
プロの台所から学んだこと

三菱電機統合デザイン研究所武井尭子
整然として清潔なキッチンには、⻑年かけて積み重ねられた⼯夫が詰まっていました。
作ることや⾷べることが暮らしに馴染んでいて、そんな暮らしを⼼から楽しんでいるのが伝わってきました。
ワークトップから特注でしつらえたという台所は30年以上経っているのに、全く古く見えず、むしろモダンなものに感じます。愛⽤の調理道具もシンプルながら細かい気配りに満ちていて、家族構成や⽣活の拠点が変化しても⻑く使い続けられる強さを感じました。
借り物ではなく、脇さん⾃⾝の⼈⽣と美意識が映し出され、その底から深く輝くような台所に、憧れてしまいます。
三菱電機統合デザイン研究所大橋美紗子
一見するとものが少なく見えるのに、キッチンの棚扉の内側は機能性にすぐれていて、収納力が高く、驚くほど整理されていました。キッチンのデザインもシックな雰囲気でステンレス板とグレーで統一されており、暮らしのなかで長く使われた道具たちやリビングのアンティーク家具と馴染む風合いでした。
料理を作るとき、美味しいのはもちろんですが、どんな順番でどんな体験をしてもらうか、というストーリーも自然と考えているというお話が心に残りました。
日常の暮らしで人が感じる心地よいリズムを考えるということは、家電のデザインにも通じる、大切な要件だということを改めて認識させていただきました。ありがとうございました。

構成・文/松浦達也 撮影/吉澤健太
2024.10.01