2014年5月14日
宇宙飛行士に限りなく近い管制官が語る、仕事力
若田船長は宇宙で大役を果たし、笑顔で地球に帰ってきた。その活躍ぶりを見て宇宙飛行士に憧れる人もいるだろう。しかし合格率1%以下という競争率の高さや、ずば抜けた能力が求められるというイメージに、厳しさを感じる人も多いはず。その一方、現実的な職業として人気急上昇なのが管制官だ。たとえば「将来はJAXAの管制官になりたい」と読書感想文を書き、全国コンクールに入賞した小学生女子に先日お会いした。大阪から夜行バスに乗ってJAXA筑波宇宙センターに見学に通っているそうで、とても真剣だ。
宇宙飛行士と管制官。「宇宙2大花形職業」は実際どんな仕事で、どんな資質が求められるのか。その両方に一番詳しい男がJAXAの内山崇さんだ。国際宇宙ステーションに荷物を運ぶ日本の宇宙船「こうのとり」のフライトディレクター(管制官を束ねる指揮官)であり、2008年の宇宙飛行士選抜で最終審査まで勝ち抜いたファイナリスト 10人の一人でもある。ファイナリストは誰が宇宙飛行士に選ばれてもおかしくないという資質の持ち主。その内山さんと4月、東京の八重洲ブックセンター本店でトークイベント「宇宙飛行士・管制官の仕事力に迫る」を開催した。満員の会場は熱気にあふれ質問が相次いだ。当日の内容を中心に紹介しよう。
○宇宙飛行士に選ばれる人は?「意外に控えめ」
JAXA管制官の内山崇さん(左から二人目)は宇宙飛行士に選ばれた大西卓哉、油井亀美也、金井宣茂飛行士と今も仕事でも、プライベートでも「同士」。写真はこうのとり3号機の飛行前審査で訪れた米国ヒューストンで。(提供:JAXA)
まず「宇宙飛行士」について。求められる資質にはコミュニケーション能力や適切な状況判断、チームワークなどがあるが、「(選抜試験を通して)こういう人が宇宙飛行士に選ばれるんだなと感じたのは?」と内山さんに聞くと「意外に控えめで、くせがない」という答えが。試験では自分の能力を少しでもアピールしようと思いがちだが、内山さんによると、「頑張りすぎてフォロワシップ(補佐)をとるべき場所でリーダーシップをとったりするのはNG」とのこと。場をわきまえ、求められる役割を果たすことを忘れてはならない。また、英語力や経歴など超優秀な人は何人もいたが最終試験で出会うことはなかったそうで「何かにずば抜けるより、満遍なくすべての項目に及第点をとる」ことが大事だという。
内山さんと話していて感じるのは、観察力の鋭さだ。例えば選抜試験で単純作業の課題に取り組んでいるとき。「一見、スピードを争う試験に見えるが失敗したとき、作業が終わった時に『やった!』と喜んだり溜息をついたりなどの反応もチェックされる。安定して作業を継続できるか見られていた」と試験官を観察する余裕がある。閉鎖施設に1週間、24時間試験官からモニターされながら熟睡もできたし、さらに失敗してもひきずらず、試験自体を楽しめたという、ある種の「タフさ」も合わせ持つ。神経質な人には耐えられないだろう。観察眼と安定感、タフさは歴代の宇宙飛行士を取材しても必ず持っている資質だ。
会場から「学生時代にやっておくべきことは?」と聞かれると「何かに打ち込むこと。中途半端はよくない。それから英語。私は駅前などにある、ごく一般的な英会話スクールで学びました」と回答。参加者からは「宇宙飛行士や管制官になる人は帰国子女か留学経験のある人ばかりかと思っていたから意外」という反応が参加者からよせられたが、若田飛行士も基本はラジオ英会話で学んでいる。地道な勉強を継続できるか否かに、分岐点があるのではないだろうか。
○管制官のコミュニケーション
次に「管制官」について。国際宇宙ステーションに関して日本は2つの管制チームがある。「きぼう」日本実験棟管制チームと宇宙船「こうのとり」の管制チーム。内山さんは2009年に「こうのとり」フライトディレクターに認定され、2012年の3号機でリードフライトディレクター、つまり管制チームのボスとしてチームを束ね、ミッションを成功に導いた。
管制官になるには認定試験があり、1~2年の間シミュレーション試験をくり返す。「こうのとり」は宇宙船であり、衝突すれば国際宇宙ステーション(ISS)にいる宇宙飛行士に危害が及ぶ可能性があるため、ISS接近時も非常に厳しい安全基準が設けられている。更に決められた時刻に接近しなければならず、決断に時間制限がある(タイムクリティカルと呼ぶ)中、安全な手順をNASAと交渉しながら進める難しさもある。だが、それが醍醐味でもあるという。
「こうのとり」3号機がミッションを完了し喜ぶ内山崇さん(右)。IHIから2008年JAXAに入社。2009年宇宙飛行士選抜試験ファイナリストに。その後「こうのとり」フライトディレクターに認定され、2012年の3号機でリードフライトディレクターを務める。2014年には「きぼう」フライトディレクターにも認定された。(提供:JAXA)
内山さんによると、フライトディレクターは管制室内の15ポジション+技術サポートチームを束ね、数千のデータを処理し、16チャンネルの音声(日本語・英語混在)を聞き分ける。あまり報道されなかったが、実は3号機ではISS最終接近の14時間前に重要な装置のトラブルが見つかっていたという。装置が本当に壊れているか、復旧できるかのを確認すると同時に、壊れていたとしても宇宙飛行士がロボットアームで捕獲するまで持っていけるか、追加措置が必要か、などをNASAと交渉しなければならなかった。
驚くのは、この緊急時にも内山さんが「プレッシャーを感じていなかった」こと。プレッシャーを感じる前に状況把握や必要な対処などやるべきことに集中していたというのだ。管制官の訓練の9割以上はトラブル対策。ありえないようなトラブル事例を長時間にわたって徹底的に訓練することで、心理的負荷にも耐えられるように鍛え上げていくそうだ。
面白かったのは、管制官のコミュニケーション術。「自分だけで問題を抱えて黙り込む人は管制官に向いていない。自分の状況を伝え、どんな考えで何をしようとしているかをチームに共有できる人が望ましい。かといって時間がないのに長々と話すのもよくない。まず結論を先にいい、その後に時間があれば説明を加える。状況に応じたコミュニケーションを訓練で磨いていきます。大事なのは訓練後の反省会。うまくいかない時は概ね管制官が自分で気づいているが、『わかってないな』と思うときには『あの時どう考えていたの?』と自分で気づかせるようにもっていきます」(内山さん)。
逆に、チームを束ねるフライトディレクターとして気をつけているのは「完璧すぎるリーダーだとメンバーが『こんなことはわかっているだろう』と意見を言えなくなる」ことだそう。内山さんも自分から「気づかない部分があるから言ってね」と声をかけるようにしたという。
現在、内山さんは「こうのとり」の将来計画の開発や検討作業を行っている。現在は帰還時に燃え尽きる「こうのとり」に回収機能を持たせ、宇宙から物資を持ち帰る実験や、宇宙ゴミ回収を行うための基礎実験も実施する予定だ。更に、ISS計画後に国際的な月探査ミッションが実現した場合、「こうのとり」の技術を活かして輸送でどんな貢献ができるかの検討も進めている。「こうのとり」も開発が決まっているのは7号機までの残り3号。今が正念場だと言える。
今回のイベントで印象的だったのは、若い女性の参加者が多かったこと。しかも「次のコマンダーは誰だと思いますか?」と突っ込んだ質問をしてくれた女性もいた。彼女は子供の頃、宇宙飛行士かパイロットを目指していたそう。宇宙に興味は持っていても表に出していなかった女性たちが、宇宙兄弟や若田さん活躍などの効果でカミングアウトしつつある、そんな嬉しい気運が感じられた。内山さんにはぜひ、自らの手で開発した宇宙船で、宇宙飛行を実現して頂きたいものです。