工房訪問篇 近江手造り和ろうそく「大與」
琵琶湖の北西に位置する近江今津駅。その駅舎のほど近くに、近江手造り和ろうそく「大與」(だいよ)があります。
2014年に創業100周年を迎えた大與では、四代にわたり「近江手造り和ろうそく」の技と矜持が継承されてきました。
大與による和ろうそくづくりの現場をのぞいてみましょう。
洋ろうそくにはない火のゆらめき
——和ろうそくの魅力とは?
京都から琵琶湖に沿って南北に走るJR湖西線。近江今津駅の駅舎から徒歩5分のところに、近江手造り和ろうそく「大與」(だいよ)の工房があります。大正年間の1914年、初代・大西與一郎氏がこの地で創業。以来四代にわたって、仏壇・寺院で使われる宗教用や贈答用の和ろうそくをつくってきました。
現在、大與の代表取締役を務めるのは四代目である大西巧(さとし)さん。1979年生まれの巧さんは、立命館大学経済学部卒業後、京都にある線香メーカーに就職。3年間在籍した後、家業に戻り、三代目である父・明弘さん(現・会長)のもとで、和ろうそく職人としての修行を積みました。
大與で先代から代々受け継がれてきたのが、櫨(はぜ)の実を搾った「櫨ろう」だけを原料とした「櫨ろうそく」づくりです。和ろうそくは宗教的な用途で使われることが多く、仏教の世界でろうそくの灯火は「仏の智慧」の象徴とされています。大與の櫨ろうそくは1984年に滋賀県伝統工芸品に指定され、2010年には曹洞宗大本山・永平寺の御用達として命じられています。
「石油由来のパラフィンを原料とした一般的な洋ろうそくに比べ、櫨ろうそくは灯る炎がとても美しく、風がなくても実に面白いゆらめきを見せてくれます。また煙やススが出にくく、においが少ないのも特徴です。父は『櫨に勝るろうそくはない』とたびたび熱弁していますよ」。
大西さんはそう笑いながら、工房を案内してくれました。
10回の季節の変化を体験して
「やっと一人前」に
櫨ろうそくの芯(灯心)で使われる主な原料は、和紙とイグサ。和紙の上に紐状のイグサを巻き、それを真綿で留めています。
そして、灯心に串を差し、その串を片手に持ちながら、もう片方の手で溶かした生ろう(しょうろう)を掛けていきます。これが和ろうそくの伝統的な技法である手掛け製法です。
この世界では
10年やって
一人前と言われています
大西さんは手掛けの“お手本”を見せてくれました。ジャラジャラ、ジャラジャラ。右手に串の束を持ち、串の持ち手部分を台で回転させながら、左手で器に入った生ろうを灯心部分へと掛けていきます。
灯心部分には、きれいにろうの層が塗り重なっていきました。
「では、青木さんもやってみましょうか」。
大西さんは今日の対談相手である換気空清機「ロスナイ」設計者・青木裕樹を作業場所へと誘います。ジャラジャラ、ジャラジャラ。青木は大西さんよりも少ない5本ほどの串を回転させながら手掛けを行いますが、なかなか思うようにはいきません。
「実際にやってみると難しいですね……」(青木)
「この世界では10年やって一人前と言われています。ろうの状態や温度を見極めつつ、均等に塗り重ねなければいけないんです」(大西さん)
溶けたろうが凝固点に達すれば固まってしまうため、季節ごとの気温・湿度によっても感覚が異なるのだそうです。
10回くらいの季節の変化を体験しなければその感覚を養うことができないため、「一人前になるのに10年かかる」。……なんとも奥の深い世界です。
- 取材・文/安田博勇 撮影/魚本勝之
- 2019.03.27