和食シリーズ企画第3弾
第1回 しょうゆ
しょうゆのおいしさの
魅力って?
キッコーマン株式会社
国際食文化研究センター
センター長 山下弘太郎さん
国際食文化研究センター
センター長 山下弘太郎さん
毎日の食卓に欠かせないしょうゆ。
素材を引き立てる独特のおいしさは和食の名脇役として、昔から重宝されてきました。
そんなしょうゆの歴史や、製法の秘密、食文化との関わりから、料理上手になるための裏技まで。
キッコーマン株式会社の国際食文化研究センター センター長の山下弘太郎さんに伺いました。
しょうゆから生まれた
江戸の食文化
- 編集部
- しょうゆには長い歴史があると言われていますが、どのように生まれ、広まってきたのですか?
- 山下さん
(以下 敬称略) - そうですね、実はしょうゆの成り立ちには諸説ありまして。これまでは奈良時代に仏教伝来とともに中国から「醤(ひしお)」と呼ばれる大豆を発酵させた調味料が伝わったと言われてきましたが、近年日本では「醤」の類いが縄文時代からあったという説もあります。また、今のしょうゆの形が生まれたのは、江戸時代後期のことで、これは日本独自の文化といっていいでしょう。
- 編集部
- 江戸時代というと、さまざまな食文化が花開いた時期でもありますよね。しょうゆから生まれた江戸グルメなどもありますか?
- 山下
- 寿司、そば、蒲焼きなどは、しょうゆがあったからこそ根付いた江戸の食文化ですね。それまで刺身や寿司は、煎り酒と呼ばれるお酒由来の調味料等で食べていたのですが、濃口のしょうゆが生まれたことでさらにおいしく食べられるようになり、広まりました。
- 編集部
- しょうゆ蔵が各地に生まれたのもその頃ですか?
- 山下
- ええ、当初は関西のしょうゆが主流で、江戸に船で運ばれていました。上方から送られることから「下りしょうゆ」などと呼ばれていましたが、江戸中期を過ぎると関東で濃口しょうゆに近いものがつくられるようになり、江戸ではこれが定番となっていったのです。ちなみにキッコーマンは、のちに会社設立に関わる醸造家が所有する「商標」(ブランド)のひとつでした。それが品質の良さから江戸幕府御用達となり、江戸を中心に発展してきました。
- 編集部
- 地域によるしょうゆの味の違いはすでに江戸時代からあったんですね。現代も違いはありますか?
- 山下
- 実は全国各地で調査したところ、地域によってそれぞれしょうゆの味の嗜好が異なることがわかりました。例えば九州では甘みが強く、北海道はだしがきいて塩分少なめ、首都圏は香りが強いなど。関西は淡口ですが、素材の色を大事にするという文化があります。しょうゆの地域特性の違いは郷土料理にも反映されています。
自然が生み出す、
しょうゆのおいしさ
- 編集部
- 先ほど、キッコーマンしょうゆの工場を見学してきました。原料の大豆と小麦を発酵させる過程を拝見し、しょうゆは生き物なんだと実感しました。発酵時には、タンクからピチピチと音がして…。
- 山下
- 面白いでしょう。発酵には微生物が使われているのですが、キッコーマン菌といって、長年大事にしてきた門外不出の麹菌があるんです。微生物の働きは、しょうゆづくりでは重要です。
- 編集部
- 自然の力がおいしさの元になっているんですね。
- 山下
- 敷地内には、昔ながらの醸造法で宮内庁にお納めするしょうゆをつくる「御用蔵」もありますからぜひ見学してみてください。
- 編集部
- ところでしょうゆの味覚が、他の調味料と比べて大きく違うところは何ですか?
- 山下
- 私たちの味覚は、塩味と甘味、酸味、苦味(コク)、うま味の五要素を感じ取ることができますが、しょうゆはこの5つの味をバランスよく含んでいるため、他の調味料にはない独特のおいしさがあります。どんな食材にも合うのが強みです。また香りの成分は約300種類にものぼり、さまざまな香りがおいしさを引き立てています。
- 編集部
- 家庭でしょうゆをおいしく使うコツなどあれば教えてください。
- 山下
- まず気をつけたいのは酸化による風味の変化です。開栓後のしょうゆは、空気に触れることで次第に色、香り、味が変化してしまいますから、できれば1ヶ月以内に使い切るのが望ましいですね。
- 編集部
- 調理法でひと工夫できることなどありますか?
- 山下
- しょうゆの香りはおいしさを引き出す魅力の一つですから,料理の仕上げの香りづけとしても活用するといいですよ。例えば煮物ではしょうゆを煮汁に使いますが、仕上げにさらに少し加えて風味を出したり。チャーハンも、最後の仕上げにさっとかけると香りが引き立ちます。またクリームシチューに少し入れると、しょうゆのマスキング効果で香りがマイルドになります。
これからの和食で
大事にしたいこと
- 編集部
- しょうゆは和食の基本調味料として、日本の食文化を支えてきましたが、これからの和食、食文化についてどう思われますか?
- 山下
- そうですね、しょうゆの使われ方というのは実は江戸も現代も、大きく変化してはいません。天ぷら、寿司、そばは今も人気です。けれども食習慣の変化によって、だんだん失われていくものもあります。伝統的な調理法や技というのは意識して守っていかなければいけないと思っています。また食が便利になるにつれ「食べる」ことの意味が薄れつつあります。食べることから生まれるコミュニケーション、家族の団らん、地域の伝統、子どもの教育など、すべて含めて日本の食文化の魅力。ですから食育にも力を入れています。
- 編集部
- しょうゆのこれからに期待することは何ですか?
- 山下
- 日本は何でも吸収して自分の文化に融合するという包容力があります。外国発祥の食文化であるステーキやラーメンもしょうゆを使って和風のものをつくってきました。昨年はミラノ万博でしょうゆの魅力が話題となりました。今後はさらに世界でどのようにしてしょうゆの情報発信ができるかということも考えていきたいですね。
2016.11.01