私たちが建物の中で暮らす時には空調、照明、給湯などにより、たくさんのエネルギーが使われています。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によると建築物は世界のエネルギーの約3割を消費し、このままの状態が続けば2050年までに2~3倍になると予想されています。そのため、エネルギー消費量を限りなくゼロに近づけたビル(ZEB)や住宅(ZEH)を増やそうという施策が各国で進められています。
ZEB(ゼブ)はNet Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)、ZEH(ゼッチ)は、Net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の略称で、どちらも快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物のことです。建物の仕組みで大きく省エネを進めた上で、太陽光発電などの再生可能エネルギーを利用することでエネルギー消費量を正味でゼロにすることを目指しています。
ただし、消費エネルギーをゼロにするのはハードルが高いので、50%、75%などゼロエネルギーの達成状況に応じて4段階のZEB・ZEHシリーズが定義されています。
*この記事は2020年7月の情報を元に掲載しています。
ZEBやZEHは、いくつかの手法を組みわせることで実現します。具体的には大きく分けて3つのステップが考えられます。
まずひとつは断熱性能を高め、建物自体のエネルギー効率を高めることです。どんなに高効率のエアコンを入れても、断熱が不十分だと冬は熱が外に逃げ、逆に夏は外の暑さが入ってきます。つまり断熱は省エネの要です。夏の日差しを遮るためにひさしを大きくしたり、北側からの涼しい空気を取り入れたりといった日射や通風に留意することも効果的です。
次に、照明や空調、給湯といった建物の設備にはなるべく高効率のものを選び、エネルギー使用量を減らします。照明であればLED、空調や給湯機器はヒートポンプ*1を利用したものにするなど、それぞれの機器を省エネルギー型に転換します。最大限に省エネに配慮した後に必要なエネルギーは、太陽光や地熱、バイオマス*2といった再生可能エネルギーを活用します。屋根などに太陽光発電パネルを設置し、発電した電力を効率的に使います。太陽熱を給湯や暖房に使ったり、太陽光を効果的に取り入れることで、室内の照明の照度を落とす、年間で一定の温度を保つ地中熱を冷暖房に使うという方法もあります。
最近ではHEMS(ヘムス)*3と呼ばれる家庭で使うエネルギーを管理するシステムや余った電気を貯めておく蓄電池などの利用もZEHを実現するために利用されるようになってきました。
エネルギー消費を徹底的に抑えて省エネルギー化し、使うエネルギーは再生可能エネルギーから得ることで、“ゼロエネルギー”への道筋が見えてきます。
*1:
低温の熱源から熱を集めて高温の熱源へ送り込む装置。少ない電気エネルギーで効率的に熱エネルギーを得ることができる。
「ヒートポンプ」についてはこちらのサイトも参照ください。
くらしのエコテクノロジー 第19回 ヒートポンプ給湯機「エコキュート」
*2: 再生可能な、生物由来の有機性資源で化石資源を除いたもの。薪や木のくずやわら、食品の生ゴミなどが含まれる。
*3:
Home Energy Management System(ホーム エネルギー マネジメント システム)の略で、一般家庭で使用する電気やガスの使用量をリアルタイムに表示し、家庭の電化製品をネットワーク化することによって自動制御や遠隔操作を可能にする。
「HEMS」についてはこちらのサイトも参照ください。
くらしのエコテクノロジー 第2回 ホーム・エネルギー・マネジメント・システム「HEMS」
くらしのエコテクノロジー 第3回 スマートハウスソリューション「ENEDIA」
ZEBやZEHにはどのような効果があるのでしょうか。まず消費エネルギーを減らす、または実質ゼロにすることで建築物から出るCO2を減らすため、温暖化防止に効果があります。そして、ビルのオーナーや入居する企業や店舗、住宅の住まい手にとっては、光熱費が大幅に削減できるという現実的な利点があります。
環境に配慮した建築物を求めるテナントや投資家が増えているので、ビルのオーナーにとっては不動産価値が向上することが期待されます。ある調査では環境に配慮したビルは「新規成約賃料」にプラスの影響を与えたという調査結果(東京23区内に立地する事務所ビルにおける調査)も発表されています。
また、住む人にとっては健康面でのメリットが期待できます。断熱効果が高い建物は建物全体が暖かくなり、温度差が少ないのでヒートショックなどのリスクを減らし、身体への負担を減らします。近畿大学の調査では、「住宅の断熱グレードを上げるとアレルギー症状や手足の冷えなどが改善した」*1という結果も報告されています。
さらに、災害時に停電になっても建物内で活動や事業が続けられるという「いざという時の安心」にもつながります。
このようにZEBやZEHは環境だけでなく社会、経済、健康といった面にもさまざまなメリットをもたらす “三方よし”ならぬ“五方よし”の仕組みと言えます。
*1:
近畿大学 岩前 篤教授 コラム「第1回 冬の寒さと健康」
https://dannetsujyutaku.com/serial/column/1_index/1_01
ZEB・ZEHのメリット
日本はゼロエネルギービルに関して「2020年までに新築の公共建築物をZEBにすること、また2030年までに新築建築物にかかるエネルギー消費量の平均でZEB化すること」*1を目指しています。「2016年~2018年のZEB実証事業として採択されたビルは合計135件」*1でした。
一方ゼロエネルギーハウスは「2020年までにハウスメーカーなどが新築する注文戸建住宅の過半数をZEHにし、2030年までに建売戸建住宅や集合住宅も含む新築住宅の平均でZEHにすること」*2を目指しています。「2017年度の実績では新築の約4.2万戸、2018年は約 5.4万戸がZEHを実現」*2しています。
海外では早い時期から建物に関わる消費エネルギーを抑えることが政策に取り入れられています。EUは2021年からすべての新築の住宅・建築物をZEB・ZEH化することを目指し、中でも公的機関の建物については、前倒しして2019年からZEB化することを試みています。
ドイツでは、新築の建物だけでなく、既存の建物も徹底的にリフォームしてZEBにすることを推奨しており、そのための助成も積極的に行っています。「フライブルグのヴォーバン住宅地にはエネルギー収支がプラスになるプラスエネルギー住宅が立ち並び、ZEBの国別件数は世界で最も多く」*3なっています。
*1:
経済産業省「平成28~30年度 ネット・ゼロ・エネルギー・ビル実証事業」
https://sii.or.jp/zeb30/uploads/ZEB_conference_2018.pdf
*2:
経済産業省2019年「ZEHロードマップフォローアップ委員会とりまとめ」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saving/general/pdf/roadmap-fu_report2020.pdf
*3:
Net Zero Energy Solar Buildings: An Overview and Analysis on Worldwide Building Projects
http://proceedings.ises.org/paper/eurosun2010/eurosun2010-0080-Musall.pdf