- 編集部
- 親しみやすい雰囲気とお値段で本格フレンチを楽しませてくれる「ル・ブルギニオン」。オープンからもう16年が経ちますが、菊地シェフがこの道に進まれたきっかけは?
- 菊地さん(以下 敬称略)
- 僕はもともと食べるのも作るのも好きだったんですよ。食料品店を営む両親が忙しかったこともあり、中学生の頃から簡単な料理は作っていました。そのうち自分や弟の弁当まで作るようになり、将来はこれを仕事にしてみるのもいいかなあと。その頃の文集にはすでに「コックさんになりたい」って書いてましたね。で、高校を卒業すると同時に故郷の函館を離れ、大阪の辻調理師専門学校へ。日本料理でも中華料理でもなくフレンチを選んだのは、先生が纏うコックコートとコック帽がかっこよかったから(笑)。“フォアグラ”なんていう言葉も、18歳の耳にはとても新鮮に響いてね。漠然とした憧れから、食べたこともないフランス料理の道を目指すことにしたんです。
- 編集部
- 卒業後は東京で5年、フランス・イタリアで5年の修業を経験されていますね。
- 菊地
- 最初は何もわからず辛いことばかりで、何度店を辞めようと思ったことか(笑)。でも1年働くうちに少しずつ知識や技術も身に付き、3年目ぐらいから仕事が楽しくなってきたんです。その後フランスで3ヶ月間食べ歩き旅行をし、それから2年後に修業のため渡仏。ところが今度は言葉の壁にぶち当たり、最初の店は3週間でクビになってしまった。なんとか他の店で働けるようになりましたが、最初の1年は必死でフランス語を覚えましたね。言葉がわかるようになると、店でもいろいろ任せてもらえるようになり、だんだん自信もついてきた。シェフを意識し始めたのもこの頃ですね。
- 編集部
- 長い海外生活で恋しく思われた日本の食べ物は何でしたか?
- 菊地
- 僕は北海道の出身なんで、ジンギスカンですね。それも高級な生肉ではなく、ニュージーランド産の丸いスライス肉にタレをつけて食べる、昔ながらのジンギスカン。子どもの頃は肉といえばこれでしたね。意外に思われるかも知れませんが、北海道ってあまり牛肉を食べないんですよ。すき焼きも豚でやるのがふつうでした。それどころか、焼き鳥も豚なんですよ。どう考えても焼き豚なんだけど、北海道ではそれを焼き鳥っていう(笑)。
- 編集部
- そういえば、十勝も豚丼で有名ですね。函館の名産というと、やはり海産物ですか?
- 菊地
- そうですね。イカもホタテもウニ、アワビも獲れますから。うちの店でも函館の食材はよく使います。今日もタラやブリ、ヒラメの素晴らしいものが入っているんですよ。ちなみに仕入れ先の魚屋の主人は、小学校時代の野球チーム仲間の弟さん。季節になれば、母も鮭の飯寿司(いずし)を送ってくれるし、離れていても故郷とは今も食でつながっていますね。
- 編集部
- 飯寿司ってどういう料理なんでしょう?
- 菊地
- なれずしの一種ですね。ごはんと魚、野菜、麹を混ぜて漬け込み、乳酸発酵させて作る北海道の郷土料理です。魚はハタハタやにしんなんかも使いますが、うちでは鮭がメイン。母が作る飯寿司は頭からヒレまで鮭がたっぷり入っていて本当にうまいんですよ。また北海道の漬物といえば、にしんとキャベツと大根を麹で浸けたにしん浸けなんですが、これも絶品。どちらも自慢のおふくろ料理です。
- 編集部
- おなじみの郷土料理にも家庭それぞれの味があるんですね。
- 菊地
- 郷土料理の良さってそこにあると思うんです。昔おばあちゃんの家で食べたものをおふくろが作るようになり、今度はその子どもが……というように家々で受け継がれていく。だから地元の同じ食材を使った同じ料理でも、家によって少しずつ違ってくる。遠く離れた場所でその料理の名を聞いて、思い出すのはやっぱり家庭の味なんです。「三平汁」なんて、もう聞くだけでもほっとしますから。
- 編集部
- 繊細で華やかなフレンチを得意とする一方で、心の料理はジンギスカンや三平汁だったりするんですね。
- 菊地
- でも北海道とフランスって食のセンスが似てるんですよ。フレンチでポテトとアンチョビの組み合わせはポピュラーなんですが、実は北海道にも蒸かしたじゃがいもに塩辛を載せて食べる習慣があるんです。これに気づいたときは、なんだ同じじゃんって嬉しくなりましたね。塩辛じゃがバター、絶対においしいのでぜひ試してみてください!
「ル・ブルギニオン」オーナーシェフ
菊地 美升(きくち よしなる)さん
1966年北海道函館市生まれ。辻調理師学校卒業後、20歳で東京・六本木「オー・シザーブル」に勤める。25歳でフランスに渡り、リヨン、モンペリエ、ブルゴーニュ、イタリア・フィレンツェで修業ののち帰国。東京・青山の「アンフォール」を経て、2000年「ル・ブルギニオン」オープン。オーナーシェフとなった今も、毎年フランスに出かけ、約2週間のレストラン修業を続けている。