- 編集部
- 浜内さんは、徳島県南部の海南町(現・海陽町)のご出身。最近は、観光大使やブランド特使として地元のために多方面でご活躍されています。
- 浜内さん(以下 敬称略)
- おかげ様で徳島に足を運ぶ機会も増えました。私が実家を離れたのは18歳のとき。大阪で短大・OL生活を過ごしたのち東京で料理の道に入ってからはもう無我夢中で、故郷を振り返る暇もありませんでした。でも、それがずっとどこかで引っかかっていたんですね。離れてはいても、徳島は私のルーツ。帰郷するたびにそう気づかされます。
- 編集部
- お料理研究家としてのルーツも、やはり徳島やご実家にあるのでしょうか。
- 浜内
- それはすごくありますね。私は小さい頃から台所で母の隣にいるのが大好きでした。5人兄弟だったので、その時間だけは母をひとり占めできるという思いもあったんでしょうね。うちの実家は目の前が海。毎日新鮮な魚が手に入り、母は年中魚をおろしていました。その横でお手伝いをするうちに、料理の段取りや魚のおろし方も自然と身に付きましたね。東京で料理教室を開いた頃、父がよく大きなマグロを送ってくれたのですが、それも洋包丁で手際よく捌いて生徒さんに喜ばれました。だから、今でも私はお刺身を滅多に買いません。魚は自分でおろした方が断然楽しいし、おいしいからです。
- 編集部
- そんな浜内さんの幼少時の想い出の味は?
- 浜内
- 楽しい記憶とセットになったものが多いですね。たとえば、行事料理に欠かせない「出世芋」もそのひとつ。これはサツマイモやサトイモに餡を着せて、おはぎのようにいただく徳島海部郡の郷土料理。お米が貴重だった時代にイモで代用したことから、イモが“出世”したというのが名前の由来です。祝い事の席には必ず振る舞われる縁起物で、その晴れやかな雰囲気も含めて今でも懐かしい味ですね。また、桃の節句には桜寒天や蛤寿司、ブリの焼き魚や花卵といったごちそうを重箱に詰め、海岸でゴザを広げて食べたのもいい想い出です。
- 編集部
- 今もご家庭に受け継がれているお料理はありますか?
- 浜内
- 数え切れないほどありますが、筆頭は「鰹ご飯」ですね。温かいごはんの上に生姜のすりおろしと醤油をまぶした鰹の刺身、刻み海苔を載せ、お茶をかけただけのシンプルな一品。とても簡単だけど、鰹のイノシン酸、海苔のグルタミン酸、緑茶のテアニンと旨味成分がたっぷり詰まった素朴なごちそうです。この鰹ご飯は父の大好物で、いつもおいしそうに食べているのを眺めていた記憶があります。「子どもが食べるとお腹を下すから」と言われ、小さい頃は口にできなかった憧れの味。はじめて食べたときは、口中にじわりと浸みる大人の味に感動したものです。今は夫の大好物で、いい鰹が手に入ると必ず作るわが家の定番料理になっています。食べるたびに、父のことを思い出しますね。
- 編集部
- まさに家から家へと伝わる味ですね。浜内さんにとって郷土の味、家庭料理の良さはどこにあると思われますか?
- 浜内
- 一言でいえば、人を元気にしてくれるところ。お料理って家族のことを思って作ったり食べたりするものでしょ?それが伝わるだけで、人は笑顔になれる。だから、ごはんは愛情を込めて作るのはもちろんのこと、作ってもらった側もきちんと感謝の気持ちを伝えなくちゃいけません。逆にいえば、「おいしいね」って言われたらもう大成功。出来不出来は関係ないんです。
- 編集部
- 作る人食べる人の双方が食卓を豊かにしていくんですね。
- 浜内
- お料理は食べてしまえば消えてなくなりますが、そこには温かい想い出や感謝の気持ちが残る。その記憶は必ず人生を豊かにしてくれます。もし故郷の味と呼べるものがなければ、自分たちでつくっていけばいい。それを食べて育った子どもたちにとっては唯一無二の家庭の味として、一生の支えになるはずです。
- 編集部
- 最後に、家庭料理を楽しむためのコツを教えていただけますか?
- 浜内
- テクニックではなく、気持ちで作ること。相手のことを思って作る料理は、どんなプロの味にも負けません。また、子育て中のみなさんにぜひお伝えしたいのは、行事ごとのお料理をぜひ記録してくださいということ。お正月やクリスマス、お誕生会、節句、七五三、入学式や運動会、学芸会などのイベントには写真を撮りますよね。そのときに、必ずお料理も撮影していただきたいのです。できれば、レシピも添えて。我が子の成長を願い心を込めて作った節目節目のお料理の写真は、将来お子さんが大きくなったときに「これだけの愛情を受けて育ったんだ」という証になります。そして、いずれお子さんが家庭を持ったときに引き継がれていく故郷の味となるのです。
料理研究家浜内千波さん
1955年、徳島県生まれ。大阪成蹊女子短期大学栄養科卒。OLを経て岡松料理研究所へ入所。「家庭料理をきちんと伝えたい」という想いのもと、80年ファミリークッキングスクール開校。ヘルシーで独創的なレシピには定評があり、テレビやラジオ、雑誌、書籍、Web、講演会などで幅広く活躍。「料理は人を幸せにする」がモットー。