Vol.18
地球の雪、宇宙の雪
今年は例年になく、各所で大雪に見舞われている。
北国では雪は暮しの一部であり、東京に住む僕には心躍る贈りものである。
雪の誕生は、冷却した大気中で水蒸気がごく微小な氷の雲粒を作るところから始まる。大気中の水蒸気がこの氷の雲粒に衝突し、規則だった結晶を形作りつつ成長していく。そのうちに雪は大気に漂えなくなるほどの大きさに達し、自らの重みにより落下して地表に舞い降りる。
観葉植物の姿かたちが成長する環境に左右されるように、雪の結晶のかたちや大きさは、それが生まれ、成長した大気の状態によって大きく左右される。粉雪、牡丹雪、みぞれ雪など、異なる呼び名の雪たちは、そのときの大気の状態の違いを反映しているのである。
“雪は天から送られた手紙”というのは、戦前から戦後にかけて北海道大学の教授であった中谷宇吉郎の言葉である。
中谷宇吉郎は、雪の結晶の観察から分類を行い、さらには世界で初めて実験室で人工雪を作ることに成功した。実験室の制御された環境で雪を作ることで、結晶の形とそれができるための大気状態の対応付けをしたのである。「中谷ダイアグラム」と呼ばれるこの“辞典”により、僕らは“天からの手紙”を解読し、見えざる空の状態を知ることができるようになった。
今回は、雪についてお話ししたい。雪はなにも地球に限って起きる現象ではない。大気があり、そこに水蒸気のように凝結する成分が含まれていれば、どの惑星でも起きうる。しかし、地球以外の惑星で降る雪とは、どのようなものであろうか。
火星に降る雪
雪は火星にも降るのだろうか。
火星の平均気温はマイナス60℃であり、北極と南極に巨大な氷床が存在する。気温の観点からは雪が降ってもよいが、大気は極端に乾燥しており、雪の材料となる水蒸気は大気に乏しい。
実は現在の火星にも雲はちゃんと観測されている。火星の大気上空で、少ないながらも水蒸気が凝結して氷の雲粒を作っているのである。地球のように雲がどこにでも見つかるわけではないが、乾燥した火星にも雲は空に浮かんでいる。
では、この雲粒が成長して雪の結晶となり、地表に降ることはあるのだろうか。
これまで長い間、現在の火星では積雪は起きないと思われていた。雪は大気上空からフワフワと降るものの、火星の地表付近の空気は極度に乾燥しているため、地表にたどり着く前に空気中で蒸発・昇華して消えてしまうというのが常識であった。
ところが、最新望遠カメラを搭載した火星周回機で、火星北極に近い小渓谷をよく見てみると、その谷底に冬のあいだに雪のようにうっすら氷が溜まっているものもまれに見られる。これは火星で降った雪の跡なのだろうか。であれば、どのようにして乾燥した火星の大地に雪が降ったのだろうか。
そのヒントは、火星北極付近に着陸したフェニックス着陸機が観測した“尾流雲”と呼ばれる特殊な雲にある。尾流雲とは、上空の雲からいくつかの筋が地表に向かって伸びているような形状をした雲である。地球では、尾流雲の下では“マイクロバースト”と呼ばれる局所的な下降風を伴う嵐が起きていることが知られる。この上空から地面に向かって吹く強烈な風に引きずられ、雲に含まれる水や氷の粒が地表に向かって吹きつけられる。尾流雲の筋は、強烈な風が氷の雲粒を地表に運んでいる道筋だったのである。
火星では、通常、雪は地面に到達できないものの、まれにおきる局所的な嵐にのって、蒸発・昇華するより前に、雲粒が雪として地表に吹き付けられることがあるようだ。これが火星の雪であるとすれば、深々と降る地球の雪とは、およそ違った雪が火星では降っている。
タイタンの雲
地球や火星以外に、太陽系で雪が降る可能性がある天体としては、土星の衛星タイタンがあげられる。
タイタンは、厚い窒素の大気をもち、マイナス180℃という極低温の地表にはメタンでできた湖や海が存在する(参照:土星衛星タイタンとドラゴンフライ計画)。地表の液体メタンは太陽光に照らされて蒸発し、大気中で雲を作る。雲からメタンの雨が降り、雨となったメタンはやがて川となり湖に戻っていく。タイタンでは、地球の水のようにメタンが大気と地表を循環している。
タイタンは太陽に対して27度ほど自転軸が傾いているため、地球と同じように四季が存在する。ただし地球と違うのは、タイタンは約30年をかけて太陽の周りを回っているため、30年で季節がちょうど一周する点である。つまり、一つの季節が約7年間も続くことになる。
タイタンの北極は、7年の冬のあいだ、太陽の光に全く照らされないことになる。場合によっては、冬のあいだに気温が下がり、液体メタンが凍るマイナス183℃を下回ることもありうる。そうなるとタイタンでも北極にメタンの雪が降る。
タイタンのメタンの雪はどのようなものだろうか。地球より軽い重力と厚い大気であることを考えると、地球の雪よりもさらにゆっくりと、ほんとうに空中に止まっているのではと思うほど、ゆっくりと舞い降りるのがタイタンの雪である。無数の小さなタンポポの綿毛が漂うように、フワフワと舞う雪を想像していただくとよいだろう。
宝石の雲
さて、最後に太陽系外惑星の話をしよう。
太陽は、天の川銀河にある2000億ともいわれる恒星の一つである。天の川銀河にある太陽系以外の星たちの周りにも、惑星は無数に存在する。そのような太陽系外惑星の中には、恒星のすぐそばを回るものも多く見つかっている。例えば、HD 189733bという名の惑星は、中心星のすぐそばを回るホット・ジュピターと呼ばれる惑星である。
ホットは高温、ジュピターは木星を意味する。ホット・ジュピターとは、木星のような巨大ガス惑星が恒星のすぐそばを周回しているため、恒星からの熱により表面温度が1000℃を超えるような灼熱状態にあると予想される惑星のことである。
このような高温の惑星の大気にも雲や雪が存在する。とはいっても、あまりにも高温のため、水やメタンが雲を作るわけではない。このような高温の惑星では、地球では岩石を作る鉱物も蒸発してしまう。蒸発した鉱物の成分は、上昇気流で運ばれて上層大気で冷やされて微小な鉱物の粒として凝結する。ミネラル・クラウドと呼ばれる鉱物の雲粒が作られる。
HD 189733bは太陽系から最も近くに存在するホット・ジュピターであり、距離が近いこともあり、地上や宇宙望遠鏡によって多くの観測がなされている。その結果、この惑星は地球のように深い青色をしていることがわかった。この惑星を青く色づけているのは、水晶やペリドットのような地球では宝石と呼ばれる類の鉱物の微小な雲粒であると予想されている。高温の大気でミネラル・クラウドができ、それが恒星の光を散乱し、大気全体を深く青みがかった色にしているのである。
これら鉱物の雲粒は、地球の雪の結晶と同様に、大気中で生まれ、結晶が成長し、やがて自身の重みに耐えかねて大気中を雪のように落下する。その後、高温の下層大気にたどり着くと鉱物は大気中で燃え尽き、蒸発するのである。蒸発した鉱物は上昇気流に乗って、再び大気上層に運ばれて新しい鉱物の雲粒の種になる。このような鉱物の輪廻にも似た循環が、ホット・ジュピターの大気中で起きている。
これら様々な惑星に降る雪を見た後に、再び地球の雪に思いを馳せてみる。どこまでも白く、深々と降る地球の雪。馴染みのある雪の見方が、皆さんのなかで少しだけ変わっているのであれば幸いである。
どんな惑星の雪と比べても、地球の雪は美しい。その美しい結晶は水氷に特有のものであり、微細に見れば二つと同じものはない。ほぼ全ての雪の結晶が誰の目に触れられることもなく、ほとんど存在した痕跡さえ残さずに、あっという間にこの世から消えてしまう。その儚さも雪の美しさの一つではあるまいか。
人工雪を初めて作った中谷宇吉郎は、雪の結晶を何一つ無駄がなく、どんな細かいところも美しくできていると言っている。その構造的な妖美さと儚さの両立が、雪の魅力でありおもしろさなのかもしれない。
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