星出飛行士が船長に!
—洞窟訓練で見せた「笑顔の」リーダーシップ
まず、この画像をご覧ください。2016年7月にイタリアの洞窟で行われた宇宙飛行士チームワーク訓練「CAVES」の一コマだ。太陽光が届かない暗黒の洞窟で、寝場所やトイレを設営しながら数々のミッションをこなす。かなり過酷な訓練のはずなのに、みんな笑顔。特に前列右側、最高に楽しそうな宇宙飛行士に注目!5か国6名からなる国際チームを束ねたコマンダー(船長)、星出彰彦JAXA宇宙飛行士だ。星出さんは、2020年、3度目の宇宙飛行に飛び立つ。宇宙滞在後半の国際宇宙ステーション(ISS)第65次チームの船長に抜擢されたが、宇宙飛行のリハーサルとも言える洞窟訓練CAVESで、船長としての実力は世界で高く評価されていたのだ。
3月6日に行われた記者会見で、星出さんは「(船長として)笑顔を絶やさないチームにしたい」と語った。それは過去2回の宇宙飛行で船長から学んだことでもあると。また、宇宙飛行士が極限環境でチームワークを鍛える訓練のうち、NEEMO(海底で実施)、CAVES(洞窟で実施)でコマンダーを務めた経験から、「自分は強烈なカリスマ性をもって引っ張るタイプでなく、優秀な部下が責任をもって仕事ができるよう『場を作る』タイプだと学んだ」という。
日本人宇宙飛行士の船長就任は2014年の若田船長以来、6年ぶりとなる。「第二の船長」は日本の有人宇宙開発関係者の長年の目標であり、悲願と言ってもいい。東京でスポーツの世界祭典が行われる2020年、日本は野口飛行士の長期滞在に続き、星出飛行士の船長就任を働きかけ、承認された。星出飛行士は「日本の高い技術力が国際的に認められた証」というが、「次の船長は星出飛行士だろう」と関係者の間ではささやかれてきた。ではそもそも、星出さんとはどんな人で、どんな実績があるのか、ちょっとおさらいしておこう。
3度目の挑戦でつかんだ、宇宙飛行士の夢
星出さんは1968年生まれの49歳。小学校1年生まで住んでいたアメリカでTV番組「スタートレック」を、日本で「銀河鉄道999」などのアニメを見て宇宙への夢を膨らませた。宇宙飛行士を職業として本格的に考え始めたのは高校生の時。新聞で日本人宇宙飛行士募集の記事を見てから。宇宙飛行士になるにはどうすればいいかを考え、「英語力と国際感覚をみがこう」とシンガポールの学校に2年間留学。その国際感覚と英語力は高く評価され「アメリカ人以上に英語が上手」とNASA飛行士に言わせるほどだ。
宇宙飛行士選抜試験には3回挑戦。1回目は学生時代で資格がなかったが2回目はJAXAに入社後に受験し、最終選抜で涙をのむ(この時選ばれたのが野口飛行士)。3回目の挑戦で夢を現実にした「諦めない人」。実は私は宇宙飛行士になる前の星出さんにお会いしている。野口飛行士のロシア訓練についてJAXAを取材した際、訓練を支援していた星出さんが対応して下さったのだ。さわやかで明晰な対応と笑顔がとても印象的で、一発でファンになってしまった。宇宙飛行士に選ばれたときは、驚くとともに「やっぱり」と納得したものだ。
1回目の宇宙飛行は2008年。ちょうど10年前になる。「きぼう」日本実験棟の船内実験室をISSにドッキングさせるという重要任務を担っていた。入り口に「きぼう」というのれんを掲げたのも星出さん。フライトディレクタら関係者にも秘密にしておき、本番で見守るスタッフを歓喜させた。「日本は(きぼう)という有人施設を作ったものの、運用の経験がなかった。どうなるか、ひやひやしている中での打ち上げだったのでは」と星出さんは振り返る。
2度目の宇宙飛行は2012年7月から11月の4ヶ月間のISS長期滞在。3回の船外活動(EVA)は合計21時間23分となり、日本人最長記録を樹立。このEVAで一時、6割程度までダウンしたISSの電力を回復させ、ISSの危機を救った。また、日本の貨物船「こうのとり」3号機が星出さん滞在中に到着、「こうのとり」の中に初めて入った日本人に。さらに今では世界から大人気となっている「きぼう」からの超小型衛星放出を最初に行ったのも星出さんだ。
「きぼう」「こうのとり」「超小型衛星放出」・・日本が世界に誇るキー技術の「初めて」すべてに星出さんの存在がある。それは、星出さんがJAXA職員として裏方で支える人たちの汗と涙と苦労を知り尽くした「仲間」であり、地上の関係者が絶大な信頼を寄せていることと無縁ではないだろう。
野口飛行士も星出さんのことを「人の意見をよく聞く調整能力に長けている。NASAでもアメリカ人飛行士に溶け込んでいる」と船長としての実力に太鼓判を押す。
2016年洞窟訓練—中国、ロシアなど5か国の多国籍クルーを笑顔で束ねる
こうして世界の仲間からの信頼と、宇宙飛行士としての高い実力をもつ星出さんをJAXAは船長に推した。だが「いくらJAXAが星出さんは船長に適任だと言っても、国際調整で決めてもらうには、(星出飛行士に)船長を務める能力があることを実績で示すことが必要」とJAXA関係者はいう。その実績が、冒頭に紹介した極限環境でのチームワーク訓練NEEMOやCAVESでの船長経験だ。
NEEMOはフロリダ沖で行われる訓練で、水深20mに設置された閉鎖施設を拠点に約一週間、船外活動などのミッションを行っていく。若田さんも船長に任命される前にNEEMOで船長として指揮を執った。NEEMOは欧米の飛行士が中心だが、より国際的なクルーで行われるのが欧州宇宙機関が実施するCAVESだ。
例えば星出さんが参加したCAVES2016は過去にないほど国際的なメンバーだった。ロシアから1名(コスモノート)、NASAから2名(うち一名は女性、アストロノート)、中国から1名(タイコノート)、スペイン人で向井千秋さんと一緒に宇宙飛行したベテラン宇宙飛行士1名、そして星出さん。国も経験も異なる6名のCAVENAUT(洞窟で訓練する宇宙飛行士をこう呼ぶ)がイタリアのサルディニア島にある洞窟を探査。内部は太陽の光がささないため、自然の時間の流れがわからない。人工の光を太陽に見立て昼と夜を模擬するという。
寝る場所も自分たちで探し、テントはもちろんキッチンやトイレも設営。極限の衛生状態でプライバシーも限られる。食料や物資もチームも運べるだけで制約を受ける。宇宙飛行に似た極限の環境下でストレスにさらされながら協調性や自己管理、チームワークを体得するのだ。
洞窟内では地図作りや微生物採取などのミッションが課される。ロープで崖を登ったり下りたり、一人が通るのがやっとの狭い岩の間を助け合いながら進んだり。ISSより厳しい環境であり、月や火星探査をイメージした訓練とも言える。CAVENAUTたちは光がささず地形が十分に把握できない環境で、危険を予測しながら安全確実に探査を進めていく。6日間の探査中、もっとも過酷だったのは5日目。洞窟内にある湖をウェットスーツに身を包み、2.4kmも進んだのだ。だが、それまでに見つけられなかった生命体をついに発見したのだ!
この日の動画レポートではNASAの女性飛行士が「クリスタルブルーの透明な水の中を進んでいくのはSFのような体験だった。100mの崖もあったわ。ここが地球という同じ惑星の一部であることが信じられない。エイリアンになった気分よ!」と興奮しながら語っている。
CAVES16のまとめレポートでは、6日ぶりに地上に出て明るい太陽の光、岩や砂、自分の匂い以外の「自然の匂い」を嗅ぎ、親しい人たちに再び出会うことができた喜びが星出さんによってつづられている。「我々は安全に、そして楽しくチームとして働き、科学探査や写真測量などの目的を達成できた」。星出船長のもと「楽しく」仕事を達成できたことが日々のレポートや写真からも伝わってくる。
3月6日に行われた船長任命の記者会見で、星出飛行士にCAVES訓練で得たことを質問した。「メンバーは非常に優秀な宇宙飛行士たちであり、彼らの個性を理解し、力を発揮してもらうためにどうしたらいいかを考えて進めた。一番大事なのは『安全』。撤退しないといけないときは撤退する。ISSでも安全がきちんと確保されているかをみつつ『安全に楽しく』チームの力を発揮したい」。
2020年は日本が宇宙分野でリーダーシップを発揮する年に
星出さんが船長を務める2020年は宇宙イヤーと言っていい。野口さんのISS長期滞在に続いて星出さんの長期滞在、そして船長就任。もし星出さんがアメリカの民間宇宙船で打ち上げられれば、宇宙で野口さんから星出さんへのバトンタッチが可能になるそうだ。さらに、新型ロケットH3の打ち上げ、小惑星探査機「はやぶさ2」の帰還。
また、星出さんが飛ぶ2020年ごろには、ISS後に国際協力で月や火星を目指す深宇宙探査について、ターゲットが明確になっているはずだ。ISSは深宇宙探査のための技術実証を行う場所になるだろう。星出さんは「この10年で日本は貨物船『こうのとり』の輸送技術や『きぼう』で培った長期宇宙滞在技術、宇宙機の軟着陸技術で確実に進歩し人材も育ち、(世界の宇宙機関の)信頼を得るパートナーになった。ISS後の宇宙探査では日本がリーダーシップをとり引っ張っていく分野が出ると期待している」と語った。2020年は日本のリーダーシップが技術面でも人材面でも花開き、その力を世界にアピールする年になりそうだ。
- ※
本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。