天文学を変えた「アルマ」
—史上最大の天文プロジェクト現地取材④
天文学者は現場に来ない
天文学者と言えば、夜な夜な望遠鏡をのぞき、天体を観測して論文を書くというイメージを持っているかもしれない。しかし、アルマ望遠鏡の観測最前線でそのイメージは覆される。まず、望遠鏡を動かし観測を実行するコントロールルーム(下の写真)には燦燦と陽の光が差し込んでいる!つまり昼でも観測できる(可視光の望遠鏡は夜しか観測できないが電波望遠鏡は24時間観測可能)。そして、モニター画面にはグラフや数字の羅列が表示され、天体画像は映し出されない。一見すると、ここが66台もの望遠鏡を動かし宇宙を観測中の「天文学の現場」とはわからないだろう。
観測中は静かだ。「天気が悪くなってきたから、この方角はやめて、天頂方向を観測しよう」などと天文学者たちが議論を行うわけでもない。
そもそも、アルマ望遠鏡で行われる観測を提案した天文学者は、現場に来ない。その理由は、「いつ自分の観測が行われるかわからないから」。つまりいつ、どの観測を行うかは、観測現場に一任されているのだという!
「アルマでは1年単位で観測が行われます。毎年4月に観測提案が締め切られ、約4倍の研究提案からどの提案を採択するか、世界中の専門家による議論で決定し、A~Cまでランク付けされます。その決定に基づき10月から観測が実行されますが、刻一刻と変わる観測条件や望遠鏡の配置によって、どの観測がふさわしいかをアルマ望遠鏡のスケジューラーというシステムが提案してくれます。その提案をふまえて、我々のような、運用担当の天文学者が観測を実行していくのです」とアルマ望遠鏡オペレーションアストロノマーである石井峻さんはいう。
アルマの運用現場には石井さんのように世界から集まった天文学者が10人ほどいて(サンティアゴにいる交代要員も含めると約30人)、1日3シフト24時間体制で観測運用に当たっている。「観測の実行はもちろん、観測中のリアルタイムのモニタリングも重要です。正しく目標の天体をとらえているか、十分な感度を満たしているか、個々の望遠鏡から出力される信号がそろっているかなど、逐一チェックし、問題があれば対処していきます」。8時間以上のシフト中、1~2時間おきに観測テーマを入れ替えていくので、観測中は気が抜けない。
観測後、解析結果を届けてくれる—世界初の「品質保証」
石井さんによると、運用の現場で「何も起こらない日はない」という。アルマ望遠鏡があるアタカマ高原はめったに雨がふらない乾燥した場所。だが「(2017年)6月には近年ないくらいの雪が降って観測が止まりました。先週は停電がありました。一瞬でも電圧が落ちると観測が途切れて、やり直しになります。極低温で冷やしている受信機は使えなくなり、電源復活後、夜を徹して復旧作業を行ってもらう必要があります」
すばる望遠鏡に取材に行った際、観測当日に雨が降ったりして観測ができないと、天文学者はもう一度観測提案を出し直さなければならないと聞いた(だから観測の部屋にはてるてる坊主が多数つりさげられていた)。一方、アルマでは天候や装置のトラブルで観測できなかった場合は、観測できるまで、トライし続けてくれるという!これは嬉しい。「ただしすべての観測提案でできるわけではありません。Aにランクされた観測については翌年になっても必ず行います。一方、観測順位が低いCについては、空き時間があれば観測します」。つまり、天文学者にとっては観測提案がどのグレード(A~C)で通るかが重要というわけだ。
それだけではない。アルマ望遠鏡では観測した生データから、画像やスペクトラムの形に処理して(=解析して)、天文学者のもとに「あとは研究するだけ」の形にして届けてくれるというのだ。解析作業で苦労することが多いと聞くから、これは画期的! どうしてここまでやるのか?「電波望遠鏡の生データは電気信号でしかありません。電波天文学者だけでなく、可視光やエックス線天文学者、さらに理論家にも使ってもらうためです。研究に使えるデータの基準に達するまで観測を行う『品質保証』が特徴で、ここまでやるのは天文学の世界でアルマが初めてです」(石井さん)。仮に観測データが研究をするに足る基準に達していなかった場合には、観測をやり直すことを保証しているそうだ。
自分の研究時間を割いて、ほかの人の観測を行う理由
石井さんは星形成の研究を行う天文学者。しかし、自分の研究のためにアルマで観測を行う場合は、一般の天文学者と同じように観測提案を出さなければならない。アルマで働いているからと言って、優遇されたりはしない。
アルマのオペレーションアストロノマーには、1~2年に一回のペースで自分がリーダーとなる観測提案をアルマ望遠鏡の厳しい審査で勝ち抜き、自身の研究とアルマ望遠鏡の観測運用で大忙しの人物がいる。スペイン人天文学者のセルジオ・マーティンさんだ。
彼は、系外銀河の分子を研究、私たちが訪れた日も彼がリーダーとなる研究が一晩のうちに約2時間×4回も実行されていた。マーティンさんはスペイン→ハワイ島→フレンチアルプスの電波望遠鏡でキャリアを重ね、アルマ望遠鏡の仕事に自然にたどり着いた。「この仕事を愛している」という。
アルマの観測運用の仕事が忙しく、自分の研究時間を捻出するのが大変というマーティンさんに「なぜ、自分の研究に専念せず、苦労してまでアルマの運用の仕事をするのか」と尋ねてみた。すると「最先端のアルマ望遠鏡で学べることがたくさんあり、自分自身の今後の研究に生かせる。自分のキヤリアを生かせば天文学の発展に貢献ができる。天文学のコミュニティはそれほど大きくないので、友達のために観測しているようなものです」と答えてくれた。
マーティンさんはアルマのような大規模なプロジェクトだからこそ、根源的な問いに答えられるのが魅力と壮大な目標を掲げつつ、運用で気を付けるのは「時間のロスがお金に直結すること」という現実的な目線を忘れない。「装置のトラブルなどで1時間観測ができないと、大きな損失につながる。多くの国の税金で賄っているから時間をロスしないよう、気を遣うよ。でも宇宙望遠鏡はアルマの5倍ぐらいのコストがかかるから、アルマは安いほう」としっかりコスパのよさもアピール。
世界各国から豊富な経験を知識と情熱をもった天文学者たちがアルマに集結し、自分の研究の時間を削って、友だちのため、そして人類が抱く根源的な謎の解明のために貢献している。聞いていて、とても胸が熱くなった。ここは競争でなく、協力の場なのだ。
アルマで世界が一つに
約20年前、アルマの建設候補地探しで日本側のサイト調査チームのリーダーであり、現在、国立天文台チリ観測所の阪本成一所長は「アルマプロジェクトでは目標を共有することで世界中の研究者が一つになった」といい、アルマは国際協力のモデルケースになりうると胸をはる。
「天文分野の国際協力ではメジャーパートナーがマイナーパートナーを探すのがよくあるやり方です。でもアルマは日米欧の三者が互角の関係です。立ち上げの時期には日本が予算の獲得が遅れたために欧米から参加が遅れ、非常に辛い思いもしましたが、最終的には政府に認めてもらって今の形になった。日本は野辺山の45m電波望遠鏡から培ってきた豊富な経験や受信機、アンテナの高い技術がある。得意な技術を持ち込むことでアルマ全体の性能をより高めることに貢献しています」
アルマ望遠鏡で「(電波天文学の)世界が変わった」と阪本所長。「感度も解像度もあがって、これまで数日間かかった観測がわずか数時間で可能になった。その情報量はものすごい。観測を提案した研究者には料理しきれない。1年後にはデータはオープンになるので、新しい解析の視点を入れることで誰でも新発見ができる。特に星間化学の分野で大きな貢献ができるのではないか。多くの人に使ってもらいたい」と力説する。
阪本所長はアルマ建設候補地を誰よりも長い時間、車で走った男でもある。苦労話をお願いした。「当時は道もほとんどなく、四駆のマニュアルトラックを自分で運転し、ハンディGPSとパソコンをケーブルにつないだ簡易カーナビを自作し、どこをどう走ったのか履歴を作った。危険な場所も多く、2台で必ず行動しトランシーバーやけん引ロープを必ず持っていた。高山病の研究をして医学界で発表したこともある。アルマの安全ルールには私たち日本チームのルールが踏襲されています」
アルマの候補地探しの途中には高山病で嘔吐したこともあったという。そんな苦労を経て、「2013年3月アルマの開所式でアンテナがシンクロナイズしているのを見た時は感動しました」と言い、阪本所長は目を潤ませた。
さらに上を求めて—ネクストアルマ
2012年の初期運用から始まり、サイクル5(観測5年目)を迎えたアルマ。アンテナ間の距離は16kmまで広がり、視力4000まで達成されている。「毎週のように驚くべき成果が出ている」合同アルマ観測所所長代理 スチュアート・コーダーさんは言うが、「天文学者は貪欲です。アルマを知ってしまった天文学者はさらに上を求める」とアルマ望遠鏡の東アジア開発プログラムマネージャー(当時)である浅山信一郎准教授はさらに先のアルマについて語り始めた。
アルマでは、2030年頃に機能を大幅にアップグレードすることを目指し、どのような装置が必要か、国際的な議論が始まったところだという。浅山さんは東アジアや欧米の天文学者と議論するため世界中を飛び回っている。「今は、どんな天文学が求められているかという天文学者の要求と、技術的なすり合わせを行っている段階。2020年までに方向性が決まると思うが、解像度をあげるためにアンテナ間を約30kmに伸ばすことも検討されています」
アンテナ間の距離が現在の16kmから30kmに延びれば、分解能は約2倍になると考えられる。そうなれば、惑星誕生の現場では原始惑星の周りの塵の円盤が見えてくる可能性もある(惑星そのものは難しいそう)。
一方、アルマ望遠鏡には弱点もある。それは視野が狭いこと。「アルマは顕微鏡のような望遠鏡で、細かく見るのが得意。空の広い範囲を一気に見られるようにしたいと誰もが思っている。だが技術的にとても難しく、技術的に突破できないか議論している」。これからも成長をし続けるアルマ望遠鏡。「世界のパートナーと次世代のアルマを考える日々は非常にエキサイティング」と浅山さん。道具をパワーアップすることで、さらに新しい宇宙の姿が見えてくる。浅山さんがその過程を心から楽しんでいることが伝わってきた。
あなたもアルマへ一般見学OK
アルマ望遠鏡5日間のメディアツアーは本当に濃密な日々だった。企画・実行してくださった国立天文台やアルマ関係者の皆様に心から感謝します(特に平松正顕さんにはツアー前から本レポートの迅速な原稿チェックまで本当にお世話になりました)。そして、この史上最大の天文プロジェクトの現場を、あなたも訪問することができるのです!アルマ望遠鏡の標高2900mの山麓施設は毎週土日に一般見学を無料で受け入れている(欄外リンク参照)。定員は1日40名。アルマのおひざ元の街、サンペドロ・デ・アタカマからバスが往復している。
2019年7月3日(日本時間)には南米で皆既日食が見られるから(残念ながらアルマ望遠鏡は皆既帯内ではない)、皆既日食とセットで出かけてみては?照り付ける太陽、他の星に降り立ったような岩砂漠、どこか懐かしさを感じる山々、南天の星空、そしてタフで優しいアルマ人との出会いは忘れられない旅になるだろう。
アルマ現地レポートは今回で終了です。これからのアルマ望遠鏡の大発見に注目しつつ、その発見は本レポートで紹介した数多くのアルマ人なしに成し得ないという事実を、どうか思い出して下さいね。
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