空き缶サイズの人工衛星に高校生が熱中する理由—缶サット甲子園全国大会inきもつき
缶サット(空き缶サイズの模擬人工衛星)に「人命救助」や「惑星探査」などめいっぱいのミッションを詰め込んだ。その缶サットをロケットに搭載。ロケットに火薬を詰めればいよいよ打ち上げだが、火薬を詰める直前まで、不測の事態が次々と高校生たちに襲いかかる。
直前にパラシュートと本体をつなぐテグスが切れたチーム、基板の配線がとれてはんだづけに走る生徒。高校生は絶対にあきらめない。そして驚くほど冷静だ。
2024年2月11日。鹿児島県肝付町の内之浦総合グラウンドで開催された、缶サット甲子園全国大会(正式名称は宇宙甲子園缶サット部門全国大会。主催:宇宙甲子園実行委員会)には、地方大会を勝ち抜いた11の強豪校が集結。缶サットをロケットで打ち上げ上空で放出、降下、着陸させる。斬新でオリジナリティのある缶サットを作り、クールさを競う。その過程を通じて高校生たちの技術力・想像力が鍛えられる。
宇宙甲子園実行員会事務局長の秋山演亮和歌山大学教授は「ロボコンなら何かをやったら何点と基準が明確化されているが、宇宙開発では何が起こるかわからない。自分たちで『こういうことが必要だよね』ということを考えてやる。だから審査が難しい(笑)」と話す。
数年ぶりのリアル開催となった、2023年度の缶サット甲子園には全国で33校が参加。初めて取材させて頂いたが、その高度な内容と高校生のチャレンジ精神に圧倒された。水陸両用で移動できる機体、水平状態から起き上がり地面を掘削する機体、木材を使い缶サットの「キット化」に挑む学校もある。
打ち上げ、放出、回収・・うまくいって歓声をあげるチームがあれば、肩を落とすチームも。回収できてもデータがとれているかわからない。その後の解析やプレゼンで見事に挽回したチームもあった。それぞれに個性があり熱が溢れる。以下、詳細レポートをお届けする。
JAXA宇宙科学研究所、國中均所長が激励に
2月11日(日)早朝、JAXA内之浦宇宙空間観測所に隣接する会場に、國中均宇宙科学研究所長が訪れた。「宇宙研のミッションは挑戦するからこそ、うまくいかないこともある。皆さんも創意工夫を発揮して挑戦してもらいたい。ぜひ頑張ってください!」とエールを送る。続けて会場整備や食事提供などで学生たちをもてなした鹿児島県肝付町の永野和行町長が激励。「今日は54年前の1970年、日本初の人工衛星『おおすみ』が打ちあがった日。その日に皆さんは缶サットで競いあう。ご健闘を祈ります」
さっそく打ち上げがスタート。ロケットは自作でもいいし、購入しても構わない。トップバッターは岐阜県立岐阜高校。岐阜県からは3校が全国大会に出場、互いを高めあってきた。岐阜高校は火星探査を想定、着地後ローバーで目標地点まで自律走行を目指す。ロケットは綺麗に打ちあがり、パラシュートも開いて着地したが、ローバーは走らず..。
続いて注目の学校、尼崎市立尼崎双星高校の登場だ。自作ロケットは黄色いボディに高校名がくっきりと描かれている。同校は惑星の地中の鉱物をドリルで採取するミッションを掲げた。ユニークなのは、横になって着地した缶サットから四本足が開き、自立機構で直立するところ。ロケットがなかなか点火せず何回かの調整後にようやく打ち上げ!放出された缶サットはパラシュートが想定より早く切り離されてしまう。駆け寄る生徒たち。だが、直立するはずの缶サットが立ち上がらない。次の岐阜県立岐阜北高校はパラシュートが開かず。うーむ、なかなかうまくいかない。
秋山先生は「パラシュートが開かないのはよくあること。だが、缶サットはデータを送ってきているはず。ここからのデータ解析が大事」と生徒たちを鼓舞する。
落ち着いたトラブルシュート
次に現れた兵庫県立芦屋国際中等教育学校は科学部の女子チーム。元々宇宙に興味があり、水ロケットを製作していた。先輩が缶サットをやっていたことから挑戦したという。パラシュートが絡まりつつも、無事に着地。「今後の天気の急変を正確に予測する」というミッションは解析が勝負だ。さっそく15時からの事後プレゼンに向かう。
福井県立藤島高校(実は私の母校!)は打ち上げ直前に様々なトラブル発生。順番を後に回してもらうことに。同校は災害時に状況把握等ができるよう、パラフォイルで移動制御し目的地に降りることを目標に掲げていた。飛行中に自分の位置や姿勢を推定、目標地点との差からパラフォイルのワイヤを巻き取り飛行方向を調整する。そのためには飛行前に目標地点を設定し、ワイヤを調整する必要があるが、なかなかうまくいかず時間がかかったためだ。
打ち上げ時間が刻々と迫るが、生徒たちは粘り続ける。初出場なのに肝が据わっている(実はかなり焦っていたとか)。無事に打ち上げ、パラフォイルを展開・接地することに成功した。
勝負は打ち上げ後から始まるー事後プレゼンでの逆転劇
どの学校も一筋縄ではいかない状況を克服し、全11校が無事、缶サットの打ち上げ・回収に成功。パラシュートが絡まる学校、開かず地面に激突する学校もあったが、飛行中に缶サットはデータを取得しているはず。これからデータ解析が始まる。目的のミッションを達成したのか、失敗したのであれば原因は何か、今後の対策は?
審査は事前プレゼン、打ち上げ実験、事後プレゼンによる総合評価で行われる。國中所長がいうように挑戦に失敗はつきもの。そこから何を学ぶかが問われる。
当日15時からの事後プレゼンで会場を唸らせたのは、尼崎双星高校だった。
解析の結果、缶サットは上空約90mでパラシュートから切り離されてしまい、落下。缶サットは無事だったがぬかるんだ地面に着地したため、めり込んだ土が電源スイッチをオフにしてしまった。地方大会では直立に成功し、事前実験では硬い地面に着地しても破損しないように改良してきた。「やわらかい地面にめり込むことを想定していなかった」という。
回収した缶サットは電源が入ったため、生徒たちは打ち上げ実験を行ったグラウンドに再び戻り、事後実験を実施。缶サットは問題なく自立し、ドリルで掘削を行った。プレゼンで生徒は「想像してください。探査衛星が適切な姿勢で着陸している達成感」と呼びかけ、逆立ちしてしまった月着陸機SLIMの画像を投影。「尼崎双星高校の自立展開機構で体制を戻せます」。そして会場で、横になった状態の缶サットが立ち上がるところを実演すると会場からどよめきが。今後は電源スイッチに改良を加えるそう。
また、ユニークな観測成果を発表したのが芦屋国際中等教育学校だった。飛行中に上空の気温や湿度を測定。地上との温度差から、1~2時間後の天気をスポット的に観測する。今回の観測によって2時間までは「晴れ」と予想。実際の天気も2時間後までは晴れだったがその後、降雨が観測された。予想結果は実証できたようだ。
「データで何をするか」も大事
全11校の発表の後に審査員から表彰式が行われた。サイエンス賞が芦屋国際中等教育学校に、技術賞が岐阜工専に、敢闘賞(なんくるないさぁ賞)が沖縄工業高等専門学校に、などの賞が贈られた。沖縄工専は初出場。「未踏の惑星の探査」をミッションに掲げ、地上の様子を撮影、飛行高度を求める予定だった。結果は撮影も高度データも取得できず。配線し基板にはんだ付けすることが間に合わず、SDカードにデータが保存されていなかった。スケジュール管理ができていなかったためだ。その反省点をきっちり事後プレゼンにまとめた。
ミッション達成できなかった沖縄工専が敢闘賞を受賞した理由は?審査員の山口耕司氏(オービタルエンジニアリング社長)によると、「ハードウェアのコンセプトを非常によく考えて設計し物づくりをしている。初挑戦で4か月で作ったと思えない」。今後への期待も込めて敢闘賞を贈ったという。実験後は落ち込んでいた生徒だったが、思いがけない受賞に大喜び。審査員の先生方は、設計や物づくりの過程まで含めてきちんと評価しているのだ。
芦屋国際中等教育学校について山口審査員は「ハードはシンプルで着実に動いた。データで何をやるか非常に頑張って調べて勉強している」とミッションを評価した。確かに、難易度の高いハードに挑戦している学校が多い中、「缶サットで何をするか」に絞るという点は、物づくりに慣れていない学校にとっては見本になるのではないだろうか。
優勝は法政二高―連覇達成!
準優勝は事後実験を含め見事なプレゼンを行った、尼崎双星高校が受賞。そして非の打ちどころのない内容で見事に優勝し、2連覇を達成したのが法政大学第二高等学校だ(なんと6回目の優勝!)。法政二高のテーマは「人命救助」。災害時に救援活動を行う組織であるDMATや日本赤十字社に生徒が取材。DMATをどのようにどれぐらい投入するかを決める際、道路状況が重要という知見を得たという
そこで上空と地上で写真を撮影。ユニークなのが「通報情報」だ。要救助者に状況や住所などを缶サットに録音してもらう。録音データを含め缶サットが得た気温や湿度・GPS情報などを専用ウェブサイトに掲載。日本地図上に観測した場所を表示し、クリックすると要救助者の状況や周辺の画像などの情報が、簡単に得られるように整備した。
審査員からは「(ミッションもプレゼンも完璧で)何も言えない」。本番で完璧に動くのは難しい。法政二高がそれができたのは、いっぱい実験してバグを出して時間をかけているのではないかと評価の声が上がった。
全国大会の優勝校は欧州で開かれるCansat Challenge(主催:ESA)への参加推薦が得られる。去年はスペイン・バルセロナで開かれ法政二高が参加した。「世界に行きたい」。今年のメンバーにとって全国大会優勝は当たり前、目指すは世界大会だった。
法政二高は第2回缶サット甲子園から参加、物理部顧問の上山勉教諭は当時からずっと部員たちを支えている。「初優勝は2014年です。当時の副部長の祖父母が2013年の伊豆大島の台風による土砂崩れで亡くなったことから、学生たちがミッションを前年の惑星探査から人命救助に変えたんです。物づくりでは社会に貢献できるものを作ろうというのが部のコンセプトです」。実体験から生まれたミッションは思い入れが違うと上山先生は言う。
上山先生は授業で「世界を目指したいならいつでも物理部においで」と生徒たちに広く声をかけている。バレエで世界大会を目指していた女子生徒がその道を断念して落ち込んでいた時に「缶サットで世界を目指さないか」という上山先生の声かけに答え、世界大会のプレゼンで活躍したそうだ。缶サットを通して、生徒たちは広い世界でかけがえのない経験を積み、成長する。
それは勝者だけではない。準優勝に輝いた尼崎双星高校の生徒に笑顔はなかった。中心となって活躍した3年生の挨拶が心にしみた。「一年生から毎年優勝を狙っていた。今年最後で優勝したかったから悔しい気持ちがある。後輩たちは来年、優勝を目指して頑張ってほしい」。着地した場所がやわらかい場所じゃなかったら、缶サットは自立し掘削していたはずなのにという悔しさがあったに違いない。でもその悔しさがきっと今後の糧になる。
火星から画像が送信できる時代に—広がれ缶サット
宇宙科学研究所の藤本正樹副所長が、事後プレゼンを熱心に見つめ学生たちに話しかけた。「ちょっとした工夫で小さいものでも宇宙で面白いことができる時代。失敗してもしょうがないなと思ったら学ぶことは何もない。絶対にうまくやってやろうと思って失敗するとすごく悔しいし、学ぶことがいっぱいある。皆さんのやっていることの延長線上で火星から写真が送れる。10年後には火星の写真コンテストが開ける時代になるでしょう」
2007年のスタートからのべ400校以上が参加した缶サット甲子園。今後は毎年の参加校を50校、100校と増やし、将来的にはアジア大会を開きたいと秋山事務局長は言う。缶サットは難しそう、だけどやってみたいと思った方へのアドバイスを山口審査員に聞いた。
「例えば電子工作のマイコンボードにArduino(アルディーノ)があります。これに温度センサや加速度センサを付けて動かすことができる。本やウェブで調べれば中高生が一人で作ることも可能です。初めて缶サットを作るときはハードウェアで無理せず、データをどんな風に利用するかで知恵を絞り、勝負したほうがいい」とのこと。
ぜひ、あなたも挑戦してみませんか。
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