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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.51

たたら製鉄と宇宙への挑戦

ありがたいことに、今年は10月、11月と、高校生たちに話をする機会を複数いただいた。

NASAによる全世界同時イベントであるNASA Apps Challengeが、和歌山県串本でも開かれ、そこでの講演を依頼されたのも、その1つであった。

僕自身、旅行好きの出不精のため、このようにして呼んでいただけると、それだけで喜んで出かけてしまう。

NASA Apps Challengeとは、NASAが出す10個程度の「宇宙を活用したテーマ」に対して、1人から数人のチームがそれぞれアイデアを出して、そのオリジナリティや実現性、意義価値を競う大会である。

たとえば、「微小重力でも楽しめる宇宙でのゲーム」というテーマでは、宇宙ステーションに棲む宇宙飛行士たちが日々の生活に幸せを感じられるようなゲームを考えるというものである。他にも「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とのコラボアート」や「太陽系の新しい模型作り」といったテーマがあり、どのテーマも発想が面白い。

この大会は10月5、6日の2日間、全世界で行われる。参加に年齢制限等はないが、やはり高校生や大学生が多いようである。日本では串本の他、東京、横浜、京都、会津、豊橋、宇部などの会場で開かれた。合宿形式でチームが集まり、テーマを選択して議論し、提案内容を詰めていく。各会場で優秀なアイデアを選抜し、それをNASA Apps Challenge本部に送る。今年のグローバル・ファイナリストに日本チームはいなかったが、ファイナリストの提案はどれも秀逸であった(欄外リンク参照)。

NASA Apps Challenge 2024のグローバル・ファイナリストの1つ、メキシコのチームが考えた「微小重力でも楽しめる宇宙ゲーム」。(提供:NOVA TEAM - Pok TaBall)

僕は初めて串本を訪れた。かの地にはスペースポート紀伊がある。スペースポート紀伊とは、日本の民間企業「スペースワン」によるロケット射場であり、カイロスという固体燃料を使った民間ロケットが打ち上げられる。

スペースワン社は、カイロスロケットを使い、契約から打ち上げまでの期間を世界最短にし、世界一の頻度でロケットを打ち上げることを目指しており、これが実現されれば、日本は元より、世界の地球周回衛星事業にとって大きいだろう。NASA Apps Challengeといい、カイロスロケットといい、串本では宇宙が身近にある。

2024年3月には、カイロスロケット初号機が打ち上げられ、ニュースでも大きく取り上げられた。ロケットは数十メートルほど打ちあがったが、そこで爆発した。燃える破片が周囲に飛散した。飛行が正常な範囲から外れたため、ロケットが自律破壊に至ったのだという。

カイロスロケットイメージ。(提供:スペースワン)

南紀熊野ジオパーク

僕はNASA Apps Challenge串本での講演を終え、各チームがアイデアを出し合っているのを聞いていた。その後、県の職員の方に連れられ、串本の南紀熊野ジオパークセンターを訪れた。

ジオパークとは、地球遺産と呼ばれる地球科学的に価値の高い地域のことであり、自然の保全や教育を、その活動の主としている。ジオパークに認定されるには、単に地質的な重要性だけでなく、文化・歴史的にも価値があることが求められるという。日本には、47か所のジオパークがあり、南紀熊野ジオパークもその1つである。

僕は、南紀の地の「たたら製鉄」に興味があった。たたら製鉄とは、古代の製鉄方法である。ジブリ映画「もののけ姫」の“たたら場”が、まさにそれである。砂鉄を集め、それを木炭と共に高温の炉に入れて還元し、鋼を作り出す。踏み鞴(ふいご)をつかって風を炉に送り、高温にするのである。

南紀熊野、伯母ヶ峰という奈良県と和歌山県の間の山には、「一本だたら」という妖怪の伝承が伝わる。一本足、一つ目の猪で、背中に熊笹が生えているという。

一本だたらの伝承自体には、たたら製鉄の香りはない。が、「だたら」という語感が、たたら製鉄の「たたら」に酷似しており、さらに、一本足で一つ目という特徴が、片足で踏み鞴をふむため片足の筋肉が異様に発達すること、また片目で炉を見ることで片目の視力が落ちることといった、たたら師の身体的特徴に通じるともいわれる。日本書紀にも、天目一箇神(あまめひとつのかみ)という一つ目の製鉄の神がでてくる。

実際、南紀熊野では、古代においてたたら製鉄が盛んであった。しかしなぜ、この地でたたら製鉄が起こったのだろうか。

たたら製鉄と砂鉄

たたら製鉄が盛んになるには、2つの要素が必要といわれる。1つは原料である砂鉄が豊富にあること、もう1つは木炭にする森林資源が豊富なことである。

砂鉄は磁鉄鉱という鉱物からなる。磁鉄鉱は比較的ありふれた鉱物であり、マグマから固まった岩石には少量であるが普遍的に含まれる。しかし、この磁鉄鉱が砂鉄として集められるためには、岩石中の磁鉄鉱以外の鉱物が取り除かれる必要がある。

花こう岩、あるいは一般に御影石と呼ばれる岩石は、白っぽい鉱物である石英や長石と、黒い黒雲母からなる。このなかにわずかに磁鉄鉱が含まれる。花こう岩は風化すると、白い石英や長石は真砂となり、水で流され河川によって運搬される。一方で、比重の重い磁鉄鉱は流されにくく、その場に留まりやすい。こうして風化された花こう岩体には、石英や長石が除かれ、砂鉄が溜まっていく。

南紀熊野ジオパークセンターの解説によると、紀伊半島を地質的にみると、その地下2キロメートルほどに、直径60キロメートルもある巨大な花こう岩の岩体が埋まっているという。1400万年ほど前に、紀伊半島に巨大な火山が生まれ、やがてそれがカルデラという陥没地形をつくった。その広大なマグマ溜まりが固化し、名残として今でも地下に花こう岩体となって埋まっているというのである。

1400万年前のカルデラの外輪山は、現在ほとんど風化して残っていない。石英や長石は風化により洗い流されたが、その名残ともいうべき砂鉄が南伊熊野地域に残っているのであろう。この紀伊半島の巨大火山は、日本という国が複数のプレートの境界に位置するため生まれた。プレートテクトニクスにおいて、世界的にもユニークな日本の地理的要因に起因するものである。

日本の地理的要因

もう1つのたたら製鉄の必要条件である森林についても、紀伊半島の地理的要因によって支えられている。森林ができるには多量の雨が必要である。フィリピン沖や西太平洋の暖かい海で生まれた水蒸気が、地球規模の大気循環に乗って西日本に吹き付けることが、この地域を世界でも雨の多い地域にしている。水蒸気に満ちた大気が紀伊山地や中国山地にぶつかり、バケツをひっくり返したように雨を降らせる。この雨が、花こう岩を風化するだけでなく、たたら製鉄で伐採された山に比較的短時間で木を復活させる。プレート境界に位置することによる活発な火山活動もミネラル豊富な土壌をつくる役目を果たす。

踏み鞴を使った、たたら製鉄の様子。(「日本山海名物図会」より)

たたら製鉄は、砂鉄以上に、膨大な量の木材を必要とする。鉄が作られるペースは、樹々が育つペースによって規定されている。言い換えれば、樹々が早く育てば、その分、製鉄を持続的に行うことができる。日本以外でこれを行えば、周囲の山を全てはげ山にした時点で製鉄は打ち止めとなるだろう。南紀以外にも、同じく鉄分の多い花こう岩が産出する山陰地方を含めて、日本におけるこの両地域には、花こう岩と降雨というたたら製鉄を盛んにするのための2大条件が整っている。

たたら製鉄という技術は、中国から朝鮮半島を経て日本にもたらされた。日本では、その地理的要因に支えられ、本家の中国や朝鮮よりも盛んにこれがおこなわれ、技術が社会を変えた。

古代日本の律令制において、全ての土地や人民は天皇のものであった。つまり、全てが公有地であった。しかし、砂鉄と雨により盛んに作られる鉄が農具にも使われ、新たな土地が効果的に開墾された。墾田永年私財法ができ、その新たな土地は開拓者の私有地となった。これにより律令制は崩壊し、私有地を守る人々が武士となり世を治めた。武士の存在は、帝国主義的な近世において、日本が植民地化することを免れる主要因の1つとなった。

朝鮮や中国では律令制が近世まで続いたことを思えば、日本の持った地理的要因というのは、この国の歴史にとって運命的であったといっていい。

カイロスロケット2号機

さて、もう1つ、この南紀の地理的特徴といえば、本州の最南端に位置し、太平洋に頭を突き出すように存在していることである。これは、上に述べたように、この半島南部の地下に巨大な花こう岩体が埋まっていることに起因する。岩体が地殻を押しあげ、陸地を生んでいる。

この地理的要因が、冒頭のスペースポート紀伊がこの地にある所以でもある。よく知られるように、ロケットの打ち上げ場は赤道に近いほど有利である。地球の自転のため、赤道に近い方が地球の遠心力を活用でき、より小さな加速で宇宙に到達することができるためである。また、本州から陸伝いで物資輸送できる点、さらに、ロケット打ち上げ方向にあたる南に海が広がり、島などもない点も理想的である。

カイロスロケット打ち上げイメージ。(提供:スペースワン)

この南紀で、串本で、再び新たな技術が生まれ、日本を変えるのだろうか。3月に失敗したカイロスロケットであるが、その2号機が12月14日に打ち上げられる。この原稿執筆時は打ち上げ前であるが、その成功を心から祈っている。僕は、串本で見た美しい太平洋に向かって、ロケットが雲を引き打ち上げられる様を想像している。

カイロスロケット2号機には、広尾学園の高校生が作成した(株式会社ラグラポが技術支援)、キューブサット衛星「ISHIKI」も搭載される。NASA Apps Challengeもそうであるが、宇宙というのは、その存在が貴重なのではなく、それが全ての人、とりわけ若者たちの挑戦を励起するということにおいて意義があるように思われる。

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