アルマ望遠鏡観測10周年!
—Mr.アルマ広報が選ぶ「驚きのベスト5」
平地に比べて酸素が半分しかなく、そのため「地球上でもっとも天の川が綺麗に見える」と言われる南米チリ・標高約5000mのアタカマ高原。宇宙に限りなく近い場所と言っても過言ではないこの地で2011年9月30日、16台のアンテナが科学観測を開始。10年間でアルマ望遠鏡は進化を続け、今では66台のアンテナ群が視力6000で宇宙の果てからやってくる微弱な電波に目を凝らしている。細かいところを見分ける分解能はハッブル宇宙望遠鏡の10倍以上。高い分解能+高感度で教科書を書き換えるような観測成果を次々に発表している。
10年前の観測開始以前から、アルマ望遠鏡広報担当としてプレスリリースを書き続けてきた「Mr.アルマ広報」こと国立天文台の平松正顕さんに、アルマ望遠鏡10年間の観測の中から、個人的な驚きの成果ベスト5を選んで頂いた。
第1位 一撃で世界を変えた—惑星誕生の現場
- —さっそくですが、「ベスト1」の画像からお願いできますか?
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平松正顕さん(以下、平松):
一番は、やっぱりおうし座HL星の周りの原始惑星系円盤。2014年に発表されましたが一撃で世界を変えた、アルマを代表する観測画像だと思います。
- —ほほー、「世界を変えた」という意味は?
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平松:
アルマ以前にも惑星系形成については理論研究はもちろん、長野県野辺山の電波望遠鏡でも観測されていました。でもそれらとは一線を画す解像度で原始惑星系円盤の構造が見えたんです。
- —円盤の構造がくっきり見えた、ってことですね?
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平松:
はい。アルマの高い解像度で同心円状のリングの構造が見えた。惑星が生まれて原始惑星系円盤の中を回ることで、円盤にすき間ができるだろうと想定されていました。でもこんなに何本もすき間が見えるとは想像していなかった。じゃあ、すき間に全部惑星があるの?と。
- —確かに円盤の中に何本もすき間というか、溝が見えますよね。
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平松:
そうですね。それから、おうし座HL星は100万歳に満たない若い星です。そんなに短い時間で、たくさんの惑星ができるの?などぱっと画像を見ただけで色々な疑問が浮かぶわけです。この画像が出る前から、(星の周りにできる円盤状の縞模様については)様々な説がありましたが、この画像が発表されるとさらに様々な説が出て、「いったいどれが正しいのか」という議論が沸き起こりました。
- —若い星の周りにもう惑星が生まれているの?という点が驚きですよね。その後の観測で何かわかりましたか?
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平松:
実はもっと若い星の周りにある円盤にも縞模様が見えてきて(笑)、これはどうなっているんだと盛り上がっています。惑星の誕生はいつから始まるのか、結構早い段階から始まっているのかもしれないが、どうやったら実現するのか、理論もアップデートしていかないといけない。
- —面白いですね~
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平松:
アルマの10年の観測でどの分野が一番大きく研究が進んだかと言えば、個人的見解では原始惑星系円盤だと思うんです。円盤の構造もはっきり見えたし、メタノールやギ酸メチルなどの有機分子が複数の円盤で見つかっています。最近、面白かったのは、原始惑星系円盤のすき間に惑星が二つ見つかり、その惑星のまわりの円盤が見えたという発表です。
太陽系外惑星の周囲に「月を作る」円盤が見えた!?
- —え、惑星が円盤の中に見つかったんですか?
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平松:
惑星を見つけたのは欧州南天天文台のVLT(超大型望遠鏡)でした。地球から約350光年離れた若い星星PDS70のまわりで見つかったのですが、上はアルマ望遠鏡でPDS70を観測した画像です。そして、右側は二つの惑星のうちの一つの場所を拡大した画像です。拡大画像で点のように見えているのは、惑星そのものというよりは惑星の周りの円盤です。
- —惑星の周りの円盤?
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平松:
はい、惑星の周りの円盤を「周惑星円盤」と言います。惑星も周囲の円盤からガスや塵を吸い取って徐々に大きくなります。さらに、惑星のまわりに残された塵が集積すれば、月のようなものができるかもしれません。地球の歴史を考えても、地球に別の天体が衝突することで物質をまき散らし、その物質が集まって最終的に月になったというジャイアントインパクト説があります。この時も、原始地球の周りには塵の円盤があったはずです。
- —これは世界初の大発見ですね。この分野は次々と発見があって目が離せませんね。
第2位 銀河は早く成熟していた!
- —ベスト1でかなり圧倒されてますが(笑)、第2位は?
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平松:
惑星の誕生の現場は一撃で世界を変えるインパクトがありましたが、たくさんの成果が集まってじわじわ理解が深まっているのが遠くの銀河の研究です。アルマ望遠鏡によって130億光年を超える銀河、つまり130億年以上昔の銀河がたくさん見えてきた。
- —どんなことがわかってきましたか?
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平松:
これまで思われていたよりも、銀河が「早く成熟する」ということです。つまり、宇宙が誕生してから10億年ぐらいしか経っていない銀河が、私たちがいる天の川銀河と同じように整然と回転していることがわかってきたんです。
- —つまり整然と回転していることが「成熟している」ことであり、予想より早い時期に、銀河は成熟していたと?
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平松:
はい。一般的な銀河の形成は、銀河の種が生まれて合体して大きくなる、つまり小さい銀河がガンガンぶつかって大きくなるというシナリオが考えられていました。すると若い銀河は綺麗な回転ができず、無秩序なはずなんです。ところが、123.9憶光年先にあるヴォルフェ円盤と呼ばれる銀河は大きな質量をもち、天の川銀河の回転速度とほぼ同じ速さで秩序だって回転していることがわかりました。
- —2020年のリリース文を読むと、円盤銀河が作られるのは宇宙誕生後60億年ぐらいたってからだと考えられていたんですね。それよりだいぶ早いですね。
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平松:
はい。日本もこの分野で成果を上げています。重力レンズ効果を使って、ビッグバン後9億年の宇宙に、天の川銀河の100分の一の質量しかない銀河が発見されたのですが、この銀河も回転していたのです。
- —大きな銀河も小さな銀河も初期宇宙で回転していた。この意味するところは?
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平松:
これまで思われていたよりも銀河が早く成熟することを理論的に説明しないといけない。理論家に挑戦状をたたきつけていると言っていい。これから面白くなりそうです。
- —遠方銀河の観測は天文学の王道という印象がありますし、楽しみですね。
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平松:
遠方銀河の研究は日本の天文学者が強い分野なんです。すばる望遠鏡で遠方銀河を多数発見し、すばるで育った研究者がアルマ望遠鏡に乗り込んできて、ハッブル宇宙望遠鏡なども使いながら研究しています。アルマでは初期宇宙の銀河を100個以上観測するような大規模な国際プロジェクトなどが進行中で、日本人の若手研究者がしっかり存在感を示しているのは嬉しいですね。
第3位 巨大赤ちゃん星の産声
- —惑星誕生現場、遠くの銀河がベスト1、2に。では第3位は?
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平松:
私が星形成を研究していたからなのですが(笑)、2017年に発表された「オリオンKL」という巨大な原始星の観測成果をあげたいと思います。太陽のような小さな質量の星がどうやってできたかは割と解明されています。でも、太陽の10倍以上の質量がある大質量星については、よくわかっていなかったんです。太陽と同じように、宇宙空間を漂うガス雲が収縮して円盤を作り中心部で球状に収縮していくという説、いくつかの原始星が集まって合体するという説もありました。
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平松:
観測画像を見ると中心部に赤く円盤が、円盤から上下にガスが噴き出す様子が見えています。さらにそのガスが回転している様子もくっきりと見えてきました。これは小質量星と同じメカニズムです。大質量星のでき方について明らかな結論を示したわけです。
- —星形成を研究されてきた平松さんは、この画像を見てどう思われましたか?
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平松:
「こんなに綺麗に回転が見えるんだ」と思いました。これまでの望遠鏡では解像度が足りなくて回転の様子が見えなかったんです。アルマの力を再認識しました。
第4位 星の周りにくっきり見えた塵の輪
- —では第4位の発表をお願いします。
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平松:
難しいですね。ベスト1でお話した、周惑星円盤を見た時も驚きましたが、プレスリリースを書く立場として強く印象に残っているのは2012年4月、最初の観測成果のプレスリリースです。みなみのうお座にあるフォーマルハウトという星の塵の輪の画像を見て「アルマはやっぱりこんなにすごいんだ」と実感しました。
- —どこがすごいのでしょうか?
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平松:
解像度です。本当に最初の段階の16台の望遠鏡での観測ですから、「アルマの本気」に比べれば解像度はまだまだ低かった時代です。この画像では青色でハッブル宇宙望遠鏡の画像を描いていて、その上半分にアルマ望遠鏡の観測画像を重ねています。遜色ないですよね。私がよく比較で出すのは、ハワイにあるサブミリ波望遠鏡JCMTで観測した、同じフォーマルハウトの観測画像です。
- —同じ天体だとは思えない・・。
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平松:
普通の人はリングだとわからないと思います。これがアルマ以前。一方、アルマ望遠鏡では誰がどう見ても一目瞭然でリングがあることがわかります。アルマの実力を最初に実感した成果です。そしてこれだけ解像度が上がれば、色々なことがわかってきます。フォーマルハウトは大人の星なので、惑星は既にできあがっています。このリングは太陽系で言えばエッジワースカイパーベルト。惑星ができる過程では岩石のかたまりが衝突合体を繰り返しますが、その時に飛び散った破片が惑星系外縁部で作るリングだと考えられています。
- —アルマ望遠鏡の観測画像とコンピュータシミュレーションとを比較し、環の内側と外側に二つの惑星があり、その重力によってこの環の形が保たれていると結論づけられていますね。2017年にはリングのすべてをアルマ望遠鏡が捉えた観測画像が発表されています。アート作品のように美しい画像でもありますね。
第5位 ぞくぞく見つかる有機分子—すでにアミノ酸を捉えているかも!
- —では第5位の発表をお願いします!
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平松:
様々な有機分子の発見です。2012年の論文でへびつかい座の赤ちゃん星(原始星)の周りで、グリコールアルデヒドという有機分子を発見しました。糖類の中ではもっとも単純な構造で、生命の種の種みたいなものです。これから惑星が作られていく場所で、生命の元の元になるような物質が見えてきたことには、大きな意味がありました。
- —その後も、原始惑星系円盤でより複雑な有機分子が見つかっていますよね。
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平松:
はい。そして最高周波数帯の受信機バンド10を使って猫の手星雲の一角を観測したところ、巨大な赤ちゃん星の周りでエタノールやギ酸メチルなど様々な分子が放つ電波(分子輝線)を695本も発見しています。これは衝撃でした。
- —695本も!生命の起源を宇宙に探ることがアルマ望遠鏡の大きな目的でしたよね。
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平松:
その通りです。ただこれだけたくさん見えてくると問題があって。どの分子が出しているのかわからない輝線も多くありました。地上実験で色々な分子を作って電波を出して確認するなどの作業を現在進行中です。
- —なるほど、アルマの感度が高すぎた?
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平松:
そうなんです。嬉しい悲鳴ではありますが、感度が高すぎて、微弱な電波までたくさんキャッチしてしまう。近い周波数の電波があると重なってしまうかもしれない。もしかしたら既にアミノ酸の電波をとらえているのに見分けがついていない可能性もあります。天体の温度や密度の条件から化学反応の進み方や分子の存在比率、電波の出し方を計算して、観測結果と重ね合わせるなどの研究が必要です。単純にピコッと電波が出て「アミノ酸が見つかりました!」と言い切れるほど単純ではないんですね。どう見つけていくかも含めて、面白いチャレンジです。
特別賞—文句なしで「ブラックホール」
- —5つに絞るのは大変だったと思います。特別賞はありますか?
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平松:
文句なしで、ブラックホール。アルマ望遠鏡を含む世界中の望遠鏡と研究者が束になってやり遂げた、21世紀を代表する科学画像だと思います。100年経ってもきっと色あせない。
- —この画像はインパクトがありましたね。
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平松:
ブラックホールの観測でアルマは重要な役割を果たしています。観測に参加した8つの望遠鏡の中では断トツの感度があり、アルマが参加していなければこの画像は撮影できなかったと思います。また、アルマ以外は北半球の望遠鏡が多く、南半球に位置するアルマ望遠鏡が入ったことでまんべんなくデータがとれて、ドーナツ状の画像が撮れたんです。
- —最初に画像を見た時はどう思いましたか?
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平松:
2019年の4月に成果を発表しましたが、その半年前に記者会見をやることが決まって(国際チーム日本代表の)本間希樹さんの研究室に相談に行ったんです。画像を見せてもらって「おー」と声が出ました。「確かにリングに見える!」と。広報担当としては会見のやりがいがあるし、あんなにわかりやすいプレスリリースは他にない。細かいことを説明しなくても一枚の画像で凄さが伝わります。世の中の反応もすごかったですね。
未来へ—2倍の解像度で見えてくるもの
- —たくさんの発見と共に新たな謎が生まれ、アルマ望遠鏡が天文学に大きな貢献をしてきたことがよくわかりました。今後、どんな発見が期待できるでしょうか?
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平松:
観測を続けながら、徐々に性能をアップしていきます。受信機やデータ処理するコンピュータを取り換え、ソフトウェアや観測手法をアップグレードして解像度を2倍に、同時に観測する周波数の幅も2倍にすることを目指しています。これまで見えなかったものが見えてくるでしょう。
- —たとえば?
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平松:
解像度が2倍になると、2倍遠いところにある原始惑星系円盤がこれまでと同じくらい詳細に見えてきます。たとえば原始惑星系円盤で1天文単位まで見分けられる天体は、今まで地球近くの10天体もなかったのですが、2倍の距離まで広げれば、おうし座領域やへびつかい座領域など、若い星がいっぱいある領域がその射程に入ってくる。100ぐらいの原始惑星系円盤を観測すれば、円盤の多様性と共通性が見えるようになる。一気に研究が進むでしょう。
- —やっぱり惑星誕生の現場が一番気になります。今後の観測にますます期待できそうですね。
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