情熱ボイス

2016年4月。千葉県で行われた「モータ技術展」に参加した新城工場関係者の間では、展示会後ある話題で持ちきりになっていた。その展示会で、三相モータで競合するメーカーが「受注後7日以内に出荷」を打ち出していたことだ。
産業機械などで使われる三相モータは、新城工場の主力製品。2013年、国内法規制はもちろん、国際的な効率規制も高いレベルで満たしたトップランナーモータ「SF-PR」を発売※した。差別化が難しいとされる三相モータの市場の中で、業界基準を先取りするだけでなく、将来的な引き上げも見越した省エネを達成したSF-PRは、ユーザの強い支持を集めている。
*米国高効率規制対応のSF-PR形は2012年に発売
SF-PRでは、受注から15日以内の出荷を確約する「PREMIUM 15 DAYS」も、合わせて導入した。三相モータは基本となる母体や定格などの基本的な仕様に加え、ユーザの設置環境に合わせた特殊仕様の組み合わせが膨大なため、完成品の在庫を持つことはできない。
基本的に受注生産の形を取らざるをえず、納期を確約することは本質的に難しいと考えられてきた。それでも三相モータの15日以内出荷を実現したプログラムは業界で初めてであり、工期の計画が立てやすくなるとしてユーザの評判を呼び、SF-PRの評価をさらに高めるものとなった。
その中で競合メーカーが突然ぶち上げたのが、「7日以内に出荷」というプログラムだった。
「15日以内に出荷ができるのは自分たちだけ」
と自負していた新城工場関係者が動揺したのも無理はない。

業務改善の積み重ねのうえに成り立った出荷日の確約
新城工場は1974年の稼働開始以来、常にさまざまな業務改善とそれによる事業体質強化に取り組んできた。2012年にはFA統合ソリューションe-F@ctoryを導入。工程の見える化を進めることで、ムダの排除と生産性向上を果たしている。
「ムダが発生するのは、ものづくりの計画と実績にズレがあるから。計画通り製品を作ることが100%できていれば、納期調整に作業者の稼働を取られることはないはずです」と新城工場長の松原浩樹は言う。

納期調整のような業務はものづくりによる価値創造とは関係がなく、業務効率を引き下げる要因にしかならない。e-F@ctoryで工程の情報をリアルタイムで工場全体に周知することができれば、納期調整作業を減らし、ムダを追い込むことができる。
新城工場はe-F@ctoryの導入に加えて、本社や名古屋製作所の関係者とともに業務改善のワーキンググループを立ち上げ、納期調整業務や見積り回答業務などの改善に取り組んでいた。2013年のSF-PR発売とともに開始した15日以内出荷を確約するPREMIUM 15 DAYSは、その下地の上に成り立ったものだ。e-F@ctory導入を始めとした業務改善で実現したPREMIUM 15 DAYSが軌道に乗り、松原はさらなる納期短縮化を目指すことを考案。新城工場の営業部門に投げかけた。
しかし当時名古屋製作所営業部の電動機課課長でワーキンググループの一員だった三丸勇は、その提案をやんわりと断った。
「納期をさらに短くしてくれるのはありがたいですが、
それよりもPREMIUM 15 DAYSでカバーできる機種の拡大を優先し
てもらえないでしょうか」。

ユーザが三相モータの出荷日確約を望むのは、エンジニアリング作業の計画が立てやすくなるため。事前に回答した予定納期から遅れた場合、ユーザはエンジニアの手配調整が必要になるなど、さまざまな影響が及ぶ。ユーザが最も望むのはそうした事態を避けることであり、納期自体をより短くすることではない。優先すべきは、当時165万機種に限られていた15日以内出荷・対象機種の拡大の方ではないか。三丸はそう考えたのだった。
結局ワーキンググループでは、15日より出荷を短くすることが正式に取り上げられることはなかった。そこに飛び込んできたのが、競合メーカーが7日以内出荷を始めるという情報だったのである。
気合いで対応するのでは何の意味もない
15日と7日。字面以上にその差は大きい。15日であれ7日であれ、出荷日を確約することが最も重要とはいえ、納期は短いに越したことはない。その分、ユーザは発注を引き受けることができ、設計検討に充てる期間を拡大できるからだ。
何らかの対抗策を打たなくてはならない。言うまでもなくその対抗策とは、確約できる出荷日を15日よりも短くすることだ。しかし7日という出荷日確約で先を越された以上、今さら同じ7日では格好がつかない。ワーキンググループでは「5日」という目標値が設定された。

5日が設定されたのには理由がある。実は新城工場ではSF-PR以前に、ごく一部の機種で5日以内出荷を行った実績があるからだ。
しかし「当時の5日以内出荷は現場の"気合い"で対応していました。
それでは確約というものには、なり得ません」(松原)。
そもそも業務改善のワーキンググループが発足したのは、人に依存した業務から脱却するため。業務をシステマチックなものにすることで、損益の明確化などをはかるのが目的だった。それが再び現場の気合いに頼る仕組みに戻るようでは何の意味もない。
気合いではなく、システム的に5日以内出荷を確約することは可能か。その問いは工作課長の倉田裕次に投げかけられた。工作課は新城工場で実際に生産業務に当たるメンバーの組織だ。倉田は少し考え、答えを出した。
倉田は入社以来、一貫して新城工場でモータの設計・開発・製造に携わってきた「新城工場のたたき上げ」。その倉田が設計課長時代に設計プロジェクトを率いた製品の一つがSF-PRだ。SF-PRの産みの親として、納期の点で競合から攻勢を受けるのは見ていられなかったという。
「設計を担当した者として、SF-PRの性能には十分な自信がありました。だから今度は製造を担当する者として、SF-PRの納期を改善しなければならないと考えたのです」(倉田)。
工作課長の同意を取り付けたワーキンググループは、PREMIUM 15 DAYSよりさらに短い5日以内出荷のプログラム「PREMIUM 5 DAYS」の実現に向け、正式に動き出すことになった。2016年9月のことである。

- 要旨 業界初「三相モータの5日以内出荷」実現への軌跡
- 第1回 ミッションは、短納期<5DAYS>出荷
- 第2回 社内でせめぎ合いの日々が続く
- 第3回 周囲の不安を抑えながらの船出