情熱ボイス

名古屋製作所営業部電動課の中井英之は、「実は個人的にはそれほどの危機感を感じていませんでした」と打ち明ける。三丸の部下として新城工場で納期管理を担当する中井は、競合メーカーが7日以内出荷を始めたことはもちろん耳にしている。新城工場の業務改善ワーキンググループにも参画しており、対抗策が必要なのも重々承知していた。
しかし中井は「時間をかけて対抗策を練ればいい」程度にしか思っていなかったという。15日でも実現が困難だったことを知る中井にとって、それをさらに3分の1に縮めようという「PREMIUM 5 DAYS」が、すぐに決定されるとは思っていなかったのだ。
しかもワーキンググループで設定されたPREMIUM 5 DAYSの開始目標は、半年後の2017年4月。自分の現状認識の甘さに気づいた中井は、すぐに準備を始めることにした。
中井の頭には、かつて聞かされた話が蘇ってきた。2013年のSF-PR発売と同時にスタートしたPREMIUM15 DAYSは成功したものの、その納期遵守の反動で、対象外製品の納期が乱れてしまい、営業の最前線を混乱させてしまったという。
それもあってか、中井がサーボ担当から電営への異動以来
「新城工場は大丈夫なのか?」
という社内からの冷ややかな視線を感じていたという。
その中井にとって、同じことが起きるのは、何としても阻止しなければならない。PREMIUM 5 DAYSはもちろん、その他の機種でも指定納期を守る仕組みを作る必要がある。それも常に100%守ることのできる仕組みだ。

三相モータの複雑怪奇な構成と格闘
1万機種の外形図を作成する
三相モータの生産工程は大きく分けて2つある。ユーザの注文仕様を整理し外形図を作成する「設計」と、その設計情報に基づいて実際に加工や組み立てを行う「工作」の2つだ。PREMIUM 5 DAYS実現のための具体的な準備は、この2つの組織に委ねられた。
設計チームの大きな課題は、PREMIUM 15 DAYSで既に極限まで短くしていた作業時間を、どうやってさらに縮めるかという点。
三菱電機の三相モータは国内生産により特殊な仕様にも柔軟に対応できるのが特徴で、PREMIUM 15 DAYSでもこの特殊仕様対応を行ってきた。しかし選択できる仕様の種類が数多いうえに複数の特殊仕様を組み合わせることもできるため、最終的な機種の数は数千万通りにのぼる。それらについて、受注のたびに仕様の組み合わせの可否などを確認し、外形図を作成しなければならない。

PREMIUM 15 DAYSでは受注から出荷まで15日の中で、この作業に1日を充てていた。しかし15日を5日まで短くした場合でも1日を設計作業に確保してもらうというのは、客観的に考えてできそうにない。
全体の工程を眺めたとき、大変なのは工作業務の方だろう。そう考えた汎用モータ設計課の田邊照憲は「その1日を返上しよう」と思い立った。工作は1日でも多くほしいはずだから、設計は “ ゼロ日 ” で対応することにしたのだ。
ゼロ日ということは、受注段階で設計業務は終わっているということになる。つまり仕様の確定や外形図の作成は、受注の有無に関係なくすべて終わらせておかなければならない。しかし三相モータは端子箱の向き一つをとっても何百通りあり、それらに温度保証やケーブル引込口方向など多様な仕様が掛け合わされる。正確な機種数は三菱電機関係者でも把握できないほど複雑怪奇だ。田邊は、設計業務で協力する三菱電機エンジニアリングの村田拓也と顔を見合わせた。
「現実的な範囲に絞り込むしかないですね。
ただ絞り込みには営業サイドの要望も
反映しないといけません」(田邊)

「そうですね。それと部品管理のことも考えないと。
運用が始まって部品を余らせるようなことに
なってはいけないですから」(村田)

そこから2人を中心に仕様の洗い出し業務と、外形図の作成業務が始まった。数千万とも言われる三相モータの機種の中からどれを5日で保証するかを選び、それらについて一つひとつ外形図を作成する。ただし確約できる機種が少なくては意味がない。1万機種を目標に、細かい作業を積み重ねていった。
どこにどんな在庫をいくつ持つのか
いろんなツールが現場で生まれる
一方、加工や組み立てを担当する工作課では、計画係長の奥平哲也がプロジェクトを率いることになった。奥平がまず行うことは、プロジェクトに対するスタッフ全員の協力を取り付けること。地元・新城で生まれ育ち、入社から新城工場であらゆる業務を担当しスタッフの性格も知り尽くしている奥平にとっても、それは大きな不安だったという。
しかしその不安は取り越し苦労に終わった。全員がPREMIUM 5 DAYS実現に向けて自主的に取り組む姿勢を見せてくれたのだった。前回成功させたPREMIUM 15 DAYSが、納期改善に対する意識を工作課全体に浸透させている。奥平はそれをはっきり実感し、安堵した。
次に考えるべきは在庫の持ち方だ。とは言っても機種が数千万通りにのぼる以上、完成品として在庫を持つことはやはり不可能。仕掛品のレベルで持つことになるが、それも機種ごとの構成の違いや需要の大小があり、一律にはできない。奥平は「あとは組み立てるだけ、ならば簡単なのだが・・・」と思いながらも、個々の部品についてどの程度まで加工したものをどのぐらい在庫として持つか、個々の機種の販売動向などもにらみながら最適値を探す日々が続いた。
生産現場では納期短縮のためのさまざまなツール開発が進んだ。個々の受注の納期や生産量をリアルタイムで見える化するツールや、受注と部品在庫量から将来の部品不足を予測するツールなどだ。それらの情報は現場のタブレット端末や大型モニタに表示され、現場での情報共有と納期改善を加速させた。
現場では在庫の保管場所の確保も問題となった。ある日、工場内で保管場所を探していた奥平は、格好のスペースを見つけた。「ここにこの在庫を置くことにしよう」。そう決めて運用を始めた数日後、生産技術の担当者が奥平のもとに飛んできた。
「困りますよ、奥平さん。あんなところに在庫置いちゃ」。

生産技術者は生産現場のスペースを最大限に活用するために、常に現場の配置を最適化している。空いているからといって勝手に使っていいはずがない。事前の根回しを怠った自分が悪いのだが、PREMIUM 5 DAYS実現のためには譲れないところもある。奥平には工場内の関係部門とせめぎ合いの日々が続いた。
「困るのは理由が分からないこと。
理由が分かれば次の手を打てる」
せめぎ合いはPREMIUM 5 DAYSのワーキンググループでも繰り広げられた。さまざまな問題の発生にいらだち、時には会議の中で怒号が飛び交うこともあったという。
ある日、田邊は前回の会議の中で課された課題を失念してしまい、三丸に叱責された。「みんなこの会議のために時間を作って準備してきてるんだぞ。それじゃ困るじゃないか」。
自分が責められるのは当然だ。ユーザにいかに納期を守るかを議論する会議で、自分が担当業務の納期を守らなかったのだから。多くの関係者の努力により成り立つプロジェクトであることを、田邊は改めて実感したという。
もっとも会議の中で怒号が飛び交うといっても、本質的に相手を責めるようなことはなかった。
「予定通り物事が進まない場合、困るのはその理由が分からない
場合であり、進まないこと自体ではありません。
理由が分かれば次の手を打てます」(三丸)。

常に理詰めで進められたPREMIUM 5 DAYSのプロジェクトは、いろいろな問題にぶつかりながらも、一つひとつクリアしながら着実に進んでいった。少しずつではあるがPREMIUM 5 DAYSの形がメンバーには見えてきた。
- 要旨 業界初「三相モータの5日以内出荷」実現への軌跡
- 第1回 ミッションは、短納期<5DAYS>出荷
- 第2回 社内でせめぎ合いの日々が続く
- 第3回 周囲の不安を抑えながらの船出