2019年5月8日、東洋電機(当時)技術課長の常峰孝司は、兵庫県丹波市の同社氷上工場で長谷らの訪問を受けた。用件はもちろん、東洋電機のエネセーバをベースにした高調波引込み現象対策機器の開発の検討である。
常峰は長谷や矢部から、高調波引込み現象で起きている事故事例や対策の基本方針、そしてその方針になぜエネセーバの技術が有効と考えたかについて説明を受けた。常峰にとっては、自分たちが開発した機器に他社の技術者が着目し、ソリューションの「種」として認識してくれたことを素直に嬉しく思った。
エネセーバは機械的な接点の動きで変圧器への励磁突入電流を防ぐ。電源投入時にまず抵抗を含む回路に電流を誘導し、その後抵抗を短絡により切り離して主回路につなぐまでを接点の一連の動作で実現する。東洋電機が特許を持つ技術で、機構自体は比較的シンプルだが確実な処理が可能な点が評価されており、太陽光発電設備の変圧器の励磁突入電流対策で電力会社から推奨された実績もある。
エネセーバの励磁突入電流抑制の仕組み。機械的な接点の動きで抵抗を投入しその後主回路につなぐ
その機構を使って高調波引込み現象の対策機器を開発してほしいというのが長谷らの要望だったが、常峰には大きな懸念があった。開発費を十分に回収できるかどうかという点だ。高調波引込み現象は新しい問題であり、事故件数自体は、まだそれほど多くはない。高調波は知られていても、共振による高調波引込みまではまだ知られていないのが実情だ。直列リアクトルが異常過熱しても「原因不明の故障」と処理されるだけのこともある。
その状況では、当面、それほどの販売台数は見込めないだろう。問題解決のための機器といっても、事業として成り立たないのであれば十分な開発リソースをかけることはできない。経営サイドからプロジェクトとして承認されるか、常峰には不安だったのだ。
しかし、高調波引込み現象に困っているユーザを無視することはできない。エネセーバの仕組みを評価して訪れてくれた三菱電機や指月電機製作所の期待に応えたい想いもある。常峰はある条件の下で考えることにした。
「ワンモデル化を前提に、実現可能性を検討してみましょう」。
開発する機器が複数のモデルに分かれると、それだけリソースも分散されて採算がとれにくくなる。ワンモデルに集約することで、コストの圧縮をはかることにしたのだ。
指月電機製作所の矢部と池永は安堵した。13%の直列リアクトルでも対処できなくなった状況下で、同社は顧客だけでなく電力会社からも新たな対策確立のプレッシャーを受けている。2人は全面的な協力を確約し、2019年夏をメドに実現性を検討することにした。
だが常峰はそれでも不安だった。わざわざワンモデル化という条件をつけたことは、そうはならない予感が本人にあったことに他ならない。